龍は千年、桜の花を待ちわびる
「金言。」


声を掛けた瞬間、金言は私に抱き付いてきた。


「桜琳っ…結っ…!」


もうすでに泣いているようだ。私も笑いながら涙を零した。


「金言。あなたの『鬼』としての価値は失われてしまった。けれど、『人』としての価値まで失われたわけじゃないわ。立派になったと言ったあの言葉、今だって変わらない。もっともっと、立派な人になってね。」


そういう私に、金言は無言でひたすら頷いた。


「焔。あなたの瞳の奥に、炎を見たような気がしたの。だから、『焔』と名付けた。けれどその炎を、私は引き出せなかった…。あなたを変えてくれた人がいて、本当によかったわ…。」


そっとその頬に触れると、焔は私の手を包み込むように掴んだ。


「言っただろう、俺に愛を教えてくれたのは…桜琳だ。」
「でも、愛し合う素晴らしさまでは教えてあげられなかったわ。愛する人を、大切にね…。」
「あぁ。」


焔とも抱擁を交わすと、顔を見合わせて笑い合った。やはり、昔と笑顔が違う。それだけで、私は十分だ。


「木通。」


木通を振り返ると、すでに号泣していた。そっと抱き寄せると、木通は私を抱き締め返した。


「木通ったら…。」
「アタシっ、アンタが死んだ後も頑張ったんだよ…!」
「うん。」
「なんでアタシが最後だったんだよっ…。もっと一緒にっ、アタシだって…!」
「ごめんね、木通…。」


正直、木通とはあまり時間を取れなかった。仕方がないとはいえ申し訳ないと同時に、そんな風に思ってくれることを嬉しく思ってしまう。

何せ、鬼集めの際に最も手こずったのが他でもない、木通だったのだから。


「水凪と幸せになって…。」
「あぁっ…。」
「もう、子も成せるんだから。」


そう言うと、木通は涙でグチャグチャの顔で嬉しそうに笑った。


皆に別れを告げ終えた。先程込み上げてきた何かは、すっかり息を潜めていた。


(きっと『桜琳』も、最後に伝えたかったんだろうな。)


口調が急に変化したことに戸惑いはしたものの、言いたいことは『私』も『桜琳』も一致していたため、特に気にすることもなくそのまま皆に別れを告げた。


(残るは…。)


私は皇憐に視線を向けて、そっと歩み寄った。ここからは、正真正銘『私』だ


「……本当に、行くのか。」
「…うん。」
「辛気臭いなぁ。」


私と皇憐のしんみりとした空気を軽々と破ったのは、術の準備を終えた秀明だった。
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