龍は千年、桜の花を待ちわびる
焔さんについて南の街に移り住んで早1000年弱。

焔さんは守り神として鬼の任務に励みつつ、人としての暮らしも楽しんでいた。


「…もうすぐ、1000年が経つな。」
「早いものですね…。」


ともに夕食と摂りながら、この1000年に思いを馳せた。

僕と焔さんは表向きは主従関係のように見えるかもしれないが、ともに怨念と戦った仲間。僕の敬語が抜けないのは性分として、僕らは対応な関係だった。


「桜琳、皇憐、秀明に会えるな…。」
「…そうですね…。」


秀明様の言い伝え通りであれば、桜琳様と皇憐様はこの地を訪れるのでお会いできる。

けれど、秀明様は…この地に訪れたとしても、その時僕がどうなっているか…。


僕は昔、秀明様に体の状態について言われたことを思い出していた。


「君の体の中では、常に霊力と怨念がぶつかり合っている状態だと思う。」


僕の背中に手の平を当てながら、秀明様は眉間に皺を寄せた。ここまで険しい顔を見たのは初めてだ。


「では、秀明様に霊力を流し込んでいただけば…。」
「いや…。それではきっと、彩雲の体が霊力に耐え切れない…。そのくらい、君の霊力は必死に怨念と戦っている状態だ…。」
「では、私はどうすれば…。」


衣を直しながら椅子に腰を下ろした秀明様に向き直ると、秀明様は険しい表情のまま言った。


「『鬼』として生きる、形になるのかもしれない。」
「は…。」
「今の彩雲は、ある意味怨念に適応した状態にある。不老不死になるのかは分からないけれど…、ぶつかり合っている霊力と怨念が体に癒着している感じもあるし…。」
「そう、ですか…。」
「今の僕の力では、どうすることもできなさそうだ…。力不足でごめん…。」


両膝の上で拳を握り締め、秀明様は僕に対して頭を下げた。


「や、止めてください秀明様…!」


僕は頭を下げる秀明様を必死に止めた。

けれど、秀明様は血が滲む程強く拳を握り締めたまま、しばらく頭を下げ続けた。


その時、僕は悟った。

皆に見せないだけで、独り、いつもこの研究室でこうして自分の非力を嘆いているのだと。背負うにはまだ幼いその背中に、無理矢理国も民も乗せて、踏ん張っているんだと。


それ以来、僕はずっと秀明様に敬愛の念を抱いている。


「秀明様は…ここを訪れるでしょうか…。」


そう味噌汁を啜る焔さんに訊ねると、彼は眉間に皺を寄せた。


「言い伝え通りなら、桜琳と皇憐は来るだろうが…秀明は来ないだろうな…。」
「そうですよね…。」


正直、封印の段階で僕の中の怨念がどうなるかは未知だった。けれど、怨念の封印が成された後も、僕の体の中の怨念に変化はなかった。

だから僕は、秀明様が息を引き取る前にお伝えしたのだ。


「どうやら僕も、鬼のようです。この通り、見た目が変わらないので…。なので、開き直って、永い人生を楽しもうと思います。」
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