龍は千年、桜の花を待ちわびる
それから約1000年。僕は、永い人生を楽しめたのだろうか。

毎朝の日課である、表の掃除をしながら1つ溜め息を吐いた。


「彩雲。」
「はい。」


呼ばれて振り返ると、焔さんは女性を伴って玄関から出て来た所だった。


「彼女を送り届けて、そのまま市場で買い物をして来る。」
「分かりました、お願いしますね。いっていらっしゃい。」


そう言って2人の背中を見送って、再度1つ息を吐いた。

焔さんはこの街に定住するようになってから、恋愛をするようになった。側で見ている身としては心配もあったが、焔さんはそこを割り切れる人としか恋愛をしなかった。


(僕も…恋愛の1つくらいするものだと思っていたけれど…。)


怨念騒動で宮殿勤めとなった僕は、以前よりも遥かに豊かな暮らしを送れるようになったし、親孝行も十分にできた。

人としては、十分豊かな生活を送ってきたと思う。


けれど、唯一恋愛だけはめっきりだった。


いつだってこの街の女性の目当ては焔さんだった。正直、僕もそれには納得だ。派手な赤髪は目立つし、そうでなくとも端正な顔立ちをしている。

自然と彼に目が向くのも分かる。


一方の僕は、後天的に鬼になったがゆえに見た目は完全に普通の人間で、背中に紋がある程度だ。

なので従者と間違われることも多々ある。


「あの…。」


不意に声を掛けられて振り返ると、いつも供え物を置きに来てくれる女性が居た。


「あぁ、おはようございます。」
「お、おはようございますっ。」


手元を見ると、旬の果物を持っていた。今日も供え物を持って来てくれたのだろう。


「供え物でしたら預かりますよ?」


微笑んでそう言うと、彼女は僕にそれを手渡した。その時、微かに指が触れた。


「きゃっ…!」


果物を落とすことはなかったが、僕は衝撃で呆然としてしまった。


(こ、こんな…!)


こんな風に街の人に“拒否”されたのは初めてだ…。

呆然とする僕に気が付いて、彼女はハッと我に返ると、「も、申し訳ありません…!」と謝罪した。


「い、いえ…。僕の方こそ、手に触れてしまって…。」


涙が零れそうだ…。

そんな僕を他所に、彼女は一気に赤面した。


(…あれ…?)


「大丈夫ですか? 熱でも…。」


そう言うと、彼女は勢い良く頭を下げて、そのまま走り去ってしまった。

1人残された僕は、再び呆然としてしまったのだった。
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