龍は千年、桜の花を待ちわびる
「…皇憐も、戦ったの?」
「少しだけ、な。俺は基本人間のことには干渉しないんだが、始皇帝とは仲が良くてな…。」
「そっか…。」


幸福なことに戦争を知らない私には、ある意味絵空事のように聞こえてしまう。
今歩いているこの地でも、そういった争いはあったんだろうか。いや…、それなら普段生きている世界だって、同じことだ。


「桜和国が建って数百年経った頃、怨念の影響が出始めた。」
「怨念の影響?」
「あぁ。さっきの熊みたいに動物や人間に取り憑いて凶暴化したり、疫病に飢饉(ききん)…。中には怨念が(かたまり)になって怨霊になった挙句、実体化して人間を襲う例もあったな…。」
「そんな…。」
「そのくらいひどい戦いだったからな…。」


皇憐はこちらに顔を向けると、困ったように笑った。


「怨念に適切な対処をできるのは、霊力を持った人間と妖力を持つ俺と、鬼だけだった。もちろんさっきの俺みたいなやり方で怨念を(はら)うことは普通の人間でもできるが、特に人間同士だとな…。」


取り憑かれた相手が見知らぬ人だとしても、自己防衛のためとはいえ、きっと人殺しという罪の意識を抱くだろう。
もしも取り憑かれたのが大切な人だったら、殺すことなんて…。

想像しただけでゾッとする。


「皇憐たちが対処すれば、取り憑かれた人や動物は助かったの?」
「あぁ。…でも、限界があった。」
「そう、だよね…。」
「霊力を持つ人間自体ほんの一握りだったからな…。しかも怨念に対処できる程の霊力を持つ人間となると、俺たちと合わせても10人もいなかったな…。」


私は息を飲んだ。あまりに絶望的すぎる。休みなしで対処したって、絶対に無理だ。


「そこで、だ。当時の優秀な奴が、怨念の封印方法を編み出した。」
「……封印…?」
「あぁ。当時の技術ではそれが限界だったんだ。しっかしこの封印ってのが穴だらけで、霊力か妖力を持つ者を人柱として一緒に封印する必要があった。」
「え…?」


私はその場で足を止めた。先程皇太子の婚約者を略奪したと言った、皇憐の悪戯っ子のような笑顔が脳裏をよぎる。


(まさか、それが皇太子の婚約者を奪った罰…?)


皇憐も立ち止まってこちらを振り返ると、無表情で言った。


「もし、お前が永遠の命を持っていたとして。人柱の寿命が尽きれば封印も破れる。そう言われたら、どうする?」
「どうする、って…。」


私は困惑して俯いた。

皇憐はそれで封印されたっていうの? 1000年間もの(なが)い間? 不老不死だから? 皇太子の婚約者の略奪は確かに大罪だと思うけど…、でもそんなのって、ひどすぎる…。

顔を上げると、皇憐は優しく微笑んでいた。それを目にした瞬間、気付けばなぜだか涙が溢れて頬を伝っていた。
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