龍は千年、桜の花を待ちわびる
ひどい天気は翌朝には落ち着き、私たちは旅を再開した。傷も瘡蓋(かさぶた)になり始めるほどの回復を見せ、当たり前だが旅の障害となることはなかった。

目的の街に着いたのは、宮殿を出発してから4日目の昼前だった。旅を再開してすぐに雪が降り始め、着いた頃には街は真っ白だった。


「着いたな!」


一息吐きながら街を見渡す皇憐は、どうやら水晶の気配を探っているようだ。
あれから努めて平静を装ってはいるものの、やっぱり…若干気まずい。恐らく、一方的に私が。皇憐は普通だけど…、どう思ってるんだろう…。


「あっちだな。」


どうやら水晶の位置の詳細を掴めたらしく、街の中へと入って行った。


「っと…。」


前を歩いていた皇憐は突然立ち止まりこちらを振り返ったかと思うと、おもむろに私の手を掴んだ。


「また逸れちゃかなわねぇからな。」
「皇憐…。」


今頃きっと私の顔は真っ赤だ。手汗も気になるし、男の子と手を繋いだことなんてない。どうしていいか分からなくて、静かに動揺してしまう。
けれどすぐに、皇憐の体温を感じないことに改めて気が付き、少し虚しくなった。胸を高鳴らせているのはきっと私だけ。恋って…、こんなに苦しいもの…?

手を引かれるまま歩いていると、街の外れに来ていた。池の(ほとり)にポツンと1本、松の木が(うわ)っている。季節のせいだろうか、少し寂しい印象を受ける場所だ。


「! 楽器の音がする…。」


聞こえてきた楽器の音色に反応すると、皇憐はニヤリと笑って私の手を離し、松の木の根元へと向かった。小走りで後を追う途中、松の木の上に人が居ることに気が付いた。


「おーい!」


皇憐が声を掛けると、楽器の主はこちらに気が付いて、演奏を止めてヒョイッと飛び降りて来た。

今度は“黄色い人”だ。髪も服も黄色。瞳は少し山吹がかっている。チラリと見える足首に、水凪のようにアンクレットにして水晶を付けているのが見えた。
…何というか、小さい。外見年齢は中学生くらいだろうか。地方の守護を任されていると聞いていたせいか、なぜか勝手に成人を想像していた。


「皇憐…! 久しぶりだな…!」
「おう。」
「思ったより遅かったな!」
「天気がな。」
「荒れたもんな〜! んでこっちが…。へぇ?」


黄鬼は私の方を向くと、上から下へと舐め回すようにジロジロと見た。何かを探られているようだ。


「は、初めまして。私、結。名前、何ていうの?」


そう言うと、黄鬼はムッと顔をしかめた。


「お前に名乗る名前なんてねぇよ!」


そう言い捨てると、どこかへ走って行ってしまった。私は思わずポカンとしてしまった。何か気に触るようなことでも言ってしまったんだろうか。彼の目が一瞬潤んだような気がしたが、気のせいだろうか…。


「反抗期…?」
「ぶはっ、1000年以上続いてたら手に負えねぇな。」


困惑する私を他所に、皇憐は笑っていた。いや、笑ってる場合じゃないんだけど。あの人連れて帰らなきゃいけないんでしょ? 水凪の言っていたことが少し理解できてしまった…。


黄鬼に拒絶されてしまった私は池の畔でそのままいじけていた。

皇憐は水晶の気配を辿(たど)って家に押しかけて荷物を置いて来ると言って、どこかへ行ってしまった。


「はぁ…。」


皇憐と2人も気まずいのに、帰りが思いやられる…。いや、私が勝手に気まずいだけなんだけど…。

足元の雪をいじいじしていると、急に悪寒がした。


『じゃあ、死んじゃえばいいんじゃない?』
「え…。」


どこかからか聞こえてくる声に慌てて立ち上がろうとするも、体が動かない。一気に冷や汗が吹き出す。

何これ、怖い…!


『死んだら、何も気にならないでしょう…?』


そう言われた瞬間すぐに頭がボンヤリとし始め、謎の声に妙に納得してしまった。そっか、死ねば…悩まなくていいのか…。
先程まで動かなかったはずの体が動くようになり、その場から立ち上がると、そのまま導かれるように池に向かって足を進めた。
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