龍は千年、桜の花を待ちわびる
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「悪いな、アイツんちすぐ隣だったわ。」


笑いながら駆け足で結の元へ戻ると、結は池の中に居た。こんな寒さの中で池に入ったりしたら、凍死してしまうかもしれない。慌てて追いかけると、深さは大したことはなかったが泥濘(ぬかるみ)に足を取られた。


「結!?」


腕を掴んで無理矢理こちらを向かせるも、目は(うつろ)、顔には怨念の紋が出ていた。


「!!」


俺は咄嗟(とっさ)に結を抱き寄せた。この怨念、結を入水自殺させる気だ。離したらきっと結は行ってしまう。俺の腕から逃れようと(もが)く力が強すぎて、このまま踏ん張るのが精一杯だ。しかしこのままでいても、凍死してしまう。


「くっそ…。金言(きんげん)!」


俺は先程の黄鬼の名前を必死に呼んだ。次の瞬間、胸元に鋭い痛みが走った。


「がああああぁぁあああ!」


結が俺から逃れようと暴れ出したのだ。見れば、猫のように爪が伸びて鋭い。叫びながらところ構わず引っ掻くので、俺はあっという間に傷だらけになった。

ここで実体化を解くわけにはいかない。だが、今の俺には殺す以外に怨念を払う術がない。


「金言!」
「うるせぇな! 聞こえてるよ!」


金言はこちらに駆け寄ってくると、ジャブジャブと音を立てて池の中に入って来た。


「遅ぇよ!」
「この距離で聞こえるか! 来ただけ感謝しろ!」


そう叫びながら金言は結の口をこじ開け、中に丸薬を素早く押し込んだ。暴れる結の顎をそのまま抑えて、今度は口を閉じさせた。


「飲み込めっ…!」
「結…!」


少しして結の動きが止まったかと思うと、そのまま俺にしなだれかかってきた。どうやら気を失ったようだ。


「結…!」


顔を見ると、怨念の紋が消えていくのが見えた。爪も元の長さに戻ったようだ。俺は結を抱き上げると池の畔に戻り、結を抱いたまま一旦腰を落ち着けた。


「はぁ〜。」


さすがに焦った…。傷はもう治ったが、こういう時漏れ出た妖気だけじゃ妖力が足りねぇ…。
池から上がってきた金言は、豪快に俺の隣に腰を下ろして豪快に溜め息を吐いた。


「っ(さみ)ぃ〜! 勘弁しろよ、役に立たない兄貴だな…。」
「仕方ねぇだろ。…助かった、ありがとな。」
「おー。」


俺は抱き抱えたままの結の顔を覗き込んだ。穏やかな表情だ。俺は安心して、しっかりと結を抱き締めた。


「…寝てる女子に…。変態。」
「…うるせぇ。」


俺にとってはずっと桜琳が“すべて”だった。けれど、どうやら結も桜琳と同じくらい大事になっちまったらしい。

今回の旅で、2度も結を危機にさらしてしまった。けれどそのおかげで、不謹慎だが自分の気持ちに気が付いた。


俺たちは金言の家に移動すると、力で服を乾かし、結を布団に寝かせた。俺はその隣に寝転び、結の寝顔を眺めていた。

どれくらいそうしていたか分からなかったが、いつの間にか月明かりが差し込んでいた。どうやら今日は満月のようだ。


(あの夜も、満月だったな…。)


そっと結の頬にかかった髪を払おうとした際、微かに頬に手が触れてしまった。


「う、ん…。」


薄っすらと目が開いた。少しキョロキョロした後、俺の姿を捕らえたようだ。


「気が付いたか…?」
「皇、憐…?」


まだ意識がハッキリとしないようだ。


「なんだか…、昔もこんなことがあったね…。私が…、熱を出して…。」


その言葉を聞いて、俺は飛び起きた。結じゃない。その記憶は、桜琳の…。


「結…?」


結はゆっくりと起き上がると、俺を真っ直ぐに見つめた。まだ表情はボンヤリしているが、意識はハッキリしているようだ。


「桜琳…?」


もう1度声を掛けると、彼女は困ったように笑った。


「どっち、なのかな。桜琳だし、結だし…。……やっと、思い出せた。」


言葉が出てこなかった。何を言えばいいのか分からない。俺はただ、無言で“彼女”をキツく抱き締めた。彼女もただ黙って、それに応えた。
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