龍は千年、桜の花を待ちわびる
第三章
時は遡り、1000年と少し前。
私・桜琳は桜和国の筆頭貴族の長女として産まれた。そんな私はわずか5歳にして入宮、親元を離れることとなった。
目的は皇太子の婚約者として、妃教育や身辺保護、ついでに皇太子の遊び相手だ。
与えられた部屋は回廊の奥、誰も来ないような場所だった。朝の勉強が終われば自由時間。宮殿に来て間もない私は、好奇心に満ちていた。
靴を履いて意気揚々と飛び出し、案の定早々に迷子になった。
(どうしよう…。)
見事に誰もいない。辺り一面桜の木で、もはや宮殿の敷地内なのかすら不安になる。桜の花びらの絨毯を踏みしめながらうろうろしていたとき、木にもたれかかって眠っている男の人を見つけた。寝ているところを起こすのは忍びないが、それどころではない。
「あ、あの…。」
そう声を掛けると、男の人は薄っすら目を開けこちらを見た。満開の桜の下、桜の花びらが舞って、足元も桜の花びらの絨毯ができていて。
そんな桜まみれの中で目が合った瞬間、少しだけドキリとしたのを覚えている。
これが、私・桜琳と皇憐の出会いだった。
「道に迷ってしまって…。」
そう言う私を彼はジッと見つめたまま、何も言葉を発さなかった。無視されているのか、それとも声が聞こえなかったのかと不安になっていたところ、何かを閃いた様子で彼は口を開いた。
「あぁ、この前入宮したっていう…?」
「あ、そうです。桜琳と申します。」
彼は体を起こすと、膝に肘をついて頬杖をついた。そして、ニヤリと笑った。
「ははーん。さては探検してて迷子になったな?」
図星以外の何ものでもないので、私は「えへ」と笑った。年齢が年齢なので、大抵の大人はこれで許してくれる。
図々しく彼の隣に座ると、彼は驚いた顔をした。
「おいおい、貴族のお嬢さんが地面に直座りかよ。服が汚れるぞ。」
「洗えば綺麗になるわ。」
不思議に思って首を傾げると、彼はお腹を抱えて笑った。
「気に入った、桜琳な。俺は皇憐。」
「え!?」
『皇憐』といえば、桜和国の始皇帝の友人として宮殿に住まう龍だ。私なんかが馴れ馴れしくして良い相手ではない。
急いで立ち上がって最敬礼を示すと、皇憐は「いい」と制止した。
「今更だろ。敬語もいらないし、呼び捨てでいいし、友達ってことでどうだ?」
「い、いいんですか…?」
「俺がいいっつってんだ、誰にも文句言わせねぇよ。」
そう言って笑った。私は安心して皇憐の隣に座り直すと、桜の木を見上げた。
「ここ、素敵な所ね。」
「宮殿の敷地の端にあるからあまり人は来ないし、絶好の昼寝場所だぞ。」
「確かに、ここでお昼寝したら気持ち良さそう!」
桜和国は他の季節が短く、春が長い。1年の大半を春が占めている。
そして桜和国に植えられた桜の木は、春の間花を咲かせてはその花びらを散らし、また花を咲かせては散らす。春の間それを繰り返すのだ。
側に落ちていた花びらを手に取ると、フワフワとしていて羽のようだった。柔らかなピンクが心躍らせる。
「この林は広いの?」
「そこそこ広いな。 お前多分結構彷徨ってここまで来たぞ。」
「ふふ、部屋を出てすぐに迷子になっちゃったからそうだと思うわ。」
「呑気だな…。」
皇憐は呆れたように笑うと、おもむろに立ち上がった。
私・桜琳は桜和国の筆頭貴族の長女として産まれた。そんな私はわずか5歳にして入宮、親元を離れることとなった。
目的は皇太子の婚約者として、妃教育や身辺保護、ついでに皇太子の遊び相手だ。
与えられた部屋は回廊の奥、誰も来ないような場所だった。朝の勉強が終われば自由時間。宮殿に来て間もない私は、好奇心に満ちていた。
靴を履いて意気揚々と飛び出し、案の定早々に迷子になった。
(どうしよう…。)
見事に誰もいない。辺り一面桜の木で、もはや宮殿の敷地内なのかすら不安になる。桜の花びらの絨毯を踏みしめながらうろうろしていたとき、木にもたれかかって眠っている男の人を見つけた。寝ているところを起こすのは忍びないが、それどころではない。
「あ、あの…。」
そう声を掛けると、男の人は薄っすら目を開けこちらを見た。満開の桜の下、桜の花びらが舞って、足元も桜の花びらの絨毯ができていて。
そんな桜まみれの中で目が合った瞬間、少しだけドキリとしたのを覚えている。
これが、私・桜琳と皇憐の出会いだった。
「道に迷ってしまって…。」
そう言う私を彼はジッと見つめたまま、何も言葉を発さなかった。無視されているのか、それとも声が聞こえなかったのかと不安になっていたところ、何かを閃いた様子で彼は口を開いた。
「あぁ、この前入宮したっていう…?」
「あ、そうです。桜琳と申します。」
彼は体を起こすと、膝に肘をついて頬杖をついた。そして、ニヤリと笑った。
「ははーん。さては探検してて迷子になったな?」
図星以外の何ものでもないので、私は「えへ」と笑った。年齢が年齢なので、大抵の大人はこれで許してくれる。
図々しく彼の隣に座ると、彼は驚いた顔をした。
「おいおい、貴族のお嬢さんが地面に直座りかよ。服が汚れるぞ。」
「洗えば綺麗になるわ。」
不思議に思って首を傾げると、彼はお腹を抱えて笑った。
「気に入った、桜琳な。俺は皇憐。」
「え!?」
『皇憐』といえば、桜和国の始皇帝の友人として宮殿に住まう龍だ。私なんかが馴れ馴れしくして良い相手ではない。
急いで立ち上がって最敬礼を示すと、皇憐は「いい」と制止した。
「今更だろ。敬語もいらないし、呼び捨てでいいし、友達ってことでどうだ?」
「い、いいんですか…?」
「俺がいいっつってんだ、誰にも文句言わせねぇよ。」
そう言って笑った。私は安心して皇憐の隣に座り直すと、桜の木を見上げた。
「ここ、素敵な所ね。」
「宮殿の敷地の端にあるからあまり人は来ないし、絶好の昼寝場所だぞ。」
「確かに、ここでお昼寝したら気持ち良さそう!」
桜和国は他の季節が短く、春が長い。1年の大半を春が占めている。
そして桜和国に植えられた桜の木は、春の間花を咲かせてはその花びらを散らし、また花を咲かせては散らす。春の間それを繰り返すのだ。
側に落ちていた花びらを手に取ると、フワフワとしていて羽のようだった。柔らかなピンクが心躍らせる。
「この林は広いの?」
「そこそこ広いな。 お前多分結構彷徨ってここまで来たぞ。」
「ふふ、部屋を出てすぐに迷子になっちゃったからそうだと思うわ。」
「呑気だな…。」
皇憐は呆れたように笑うと、おもむろに立ち上がった。