龍は千年、桜の花を待ちわびる
皇憐殿の封印直後、彼女が皇后に相応しくないと反対する者が現れた。筆頭は私ではなかったが、私もその意見に賛成だった。
そんなある日、兵の間で女の霊が出ると噂になった。夜の巡回中、桜林の側を通ると女の悲鳴のような声がするというのだ。
私は真相を確かめようと、すぐに兵を数人連れて夜の桜林へと向かった。
そして正体を突き止めて絶句した。
花びらに埋もれながら、悲痛な叫びを上げる彼女がいたのだ。
名前を呼ぶでもなく、ただ泣き叫ぶだけ。見れば、近くに秀明様も居る。秀明様はただその光景を見守っていた。
私たちはすぐにその場を去った。
皇憐殿関連で泣く彼女を見かけたのはそれきりだった。
翌朝見かけた彼女は、昨晩とは同一人物とは思えぬほど凛としており、穏やかな笑顔を浮かべていた。
桜林の女の霊は、その年の春が終わる頃にはいなくなった。
その代わり、皇憐殿の廟に毎日足繁く通う彼女が居た。あまりに足繁く通うので、秀明様が気を利かせて長椅子を置いたくらいだ。
「結婚の日取りが決まったの。」
「無事に式典が終わったわ。これが衣装。素敵でしょう?」
「子を授かったの。無事に産まれてくるよう、祈っていてね。」
馬鹿馬鹿しい。箱に話しかけて何になるというのだ。やはり彼女は、秀明様ではなく皇憐殿の方が大切で、依存しているのだ。
「無事に産まれたの。どうか、この子を守って。この子だけじゃない、国中の子を…守って。」
綺麗事を言ったって、私は騙されない。
彼女は回廊の角の桜を眺めるのが好きだった。かつて、皇憐殿がよく腰掛けていた桜だ。彼女は御子を伴い、そこにもよく訪れていた。
「母様ここ好きだね。」
「ここは母様にとって、特別な場所なの。」
「でも柵があって座れないし、疲れちゃう。」
駄々をこねる御子に、彼女は苦笑した。
「じゃあ、ここだけ柵を取ってしまおうか。」
笑ってそう言ったのは秀明様だった。そして本当にそこだけ柵を取り払い、足場まで設けた。
私には秀明様の行動が理解できなかった。
やがて秀明様は即位して数年で賢帝と呼ばれるようになった。それは紛れもなく、彼女……桜琳様あってのことだった。
桜琳様は相変わらず皇憐殿の廟に通ってはいたが、国のことを願い、我が子のことを願い、まるで日記のようにその日の出来事を話すばかりで、弱音を吐いたり皇憐殿への愛を語ることは1度たりともなかった。
前皇帝が隠居して数年が経ち、私もいよいよこの宮殿を去るときが来た。
「父上の頃から、よく我々に尽くしてくれたね。感謝するよ。」
「勿体なきお言葉です。」
「そんなことないわ、未熟な私たちがあなたにどれ程助けられたか…。」
そんなことを言う秀明様と桜琳様に、私は最敬礼の姿勢を取った。
「あなた方なら、私などいなくとも素晴らしい国を作り上げていくことができます。あなた方に仕えることができたこと、一生の幸福です。」
私は桜琳様を認めていなかった。
けれどいつの間にか、私は彼女を認めざるを得なくなった。彼女は素晴らしい方だ。
それに気付けなかった自分を恥じた。
「お2人の未来に、幸多からんことを。」
そんなある日、兵の間で女の霊が出ると噂になった。夜の巡回中、桜林の側を通ると女の悲鳴のような声がするというのだ。
私は真相を確かめようと、すぐに兵を数人連れて夜の桜林へと向かった。
そして正体を突き止めて絶句した。
花びらに埋もれながら、悲痛な叫びを上げる彼女がいたのだ。
名前を呼ぶでもなく、ただ泣き叫ぶだけ。見れば、近くに秀明様も居る。秀明様はただその光景を見守っていた。
私たちはすぐにその場を去った。
皇憐殿関連で泣く彼女を見かけたのはそれきりだった。
翌朝見かけた彼女は、昨晩とは同一人物とは思えぬほど凛としており、穏やかな笑顔を浮かべていた。
桜林の女の霊は、その年の春が終わる頃にはいなくなった。
その代わり、皇憐殿の廟に毎日足繁く通う彼女が居た。あまりに足繁く通うので、秀明様が気を利かせて長椅子を置いたくらいだ。
「結婚の日取りが決まったの。」
「無事に式典が終わったわ。これが衣装。素敵でしょう?」
「子を授かったの。無事に産まれてくるよう、祈っていてね。」
馬鹿馬鹿しい。箱に話しかけて何になるというのだ。やはり彼女は、秀明様ではなく皇憐殿の方が大切で、依存しているのだ。
「無事に産まれたの。どうか、この子を守って。この子だけじゃない、国中の子を…守って。」
綺麗事を言ったって、私は騙されない。
彼女は回廊の角の桜を眺めるのが好きだった。かつて、皇憐殿がよく腰掛けていた桜だ。彼女は御子を伴い、そこにもよく訪れていた。
「母様ここ好きだね。」
「ここは母様にとって、特別な場所なの。」
「でも柵があって座れないし、疲れちゃう。」
駄々をこねる御子に、彼女は苦笑した。
「じゃあ、ここだけ柵を取ってしまおうか。」
笑ってそう言ったのは秀明様だった。そして本当にそこだけ柵を取り払い、足場まで設けた。
私には秀明様の行動が理解できなかった。
やがて秀明様は即位して数年で賢帝と呼ばれるようになった。それは紛れもなく、彼女……桜琳様あってのことだった。
桜琳様は相変わらず皇憐殿の廟に通ってはいたが、国のことを願い、我が子のことを願い、まるで日記のようにその日の出来事を話すばかりで、弱音を吐いたり皇憐殿への愛を語ることは1度たりともなかった。
前皇帝が隠居して数年が経ち、私もいよいよこの宮殿を去るときが来た。
「父上の頃から、よく我々に尽くしてくれたね。感謝するよ。」
「勿体なきお言葉です。」
「そんなことないわ、未熟な私たちがあなたにどれ程助けられたか…。」
そんなことを言う秀明様と桜琳様に、私は最敬礼の姿勢を取った。
「あなた方なら、私などいなくとも素晴らしい国を作り上げていくことができます。あなた方に仕えることができたこと、一生の幸福です。」
私は桜琳様を認めていなかった。
けれどいつの間にか、私は彼女を認めざるを得なくなった。彼女は素晴らしい方だ。
それに気付けなかった自分を恥じた。
「お2人の未来に、幸多からんことを。」