龍は千年、桜の花を待ちわびる
「これから行くのは焔の所だよね。」
「あぁ。」


今回街を抜けて進む道は、これまでずっと上り坂だったのに反し下り坂だ。それはそれでまた足にくる。


(このままいくと私、この旅が終わる頃には足腰めちゃくちゃ鍛えられてそうだな…。)


「普通なら東の木通(あけび)の所が先、南の焔が後だけどな。」
「厳密には焔の居る南は、南西寄り。木通の居る東は南東寄りだもんね。もう思い出したよ!」


そう笑う私に、皇憐は優しく笑った。


焔は元気だろうか。

彼は火を操ることができる『赤い人』だった。赤が眩しいと皇憐に文句を言われてからは、上から紫の衣を羽織っていた。
そのせいもあって、『皇憐-koren-』の中でもリーダー格と呼ばれるに相応しい外見だったのは間違いないだろう。

性格としては、鬼の中では空を除けば1番寡黙だった印象だ。それこそリーダーっぽくすごく喋りそうな見た目なのに、水凪の方がよく喋るので、2人並べたときのギャップが面白いなんて思ったものだ。


「焔元気かな!」
「俺が聞いてる限りだと、人間の女と恋愛をしては別れて、を繰り返してるらしいぞ。」
「え…?」
「要するに、いつも先立たれちまうからな。それを承知で人間の女と恋愛をしてるらしい。」
「そうなんだ…。」


昔の焔はあまり恋愛ごとに興味がある風ではなかったし、正直意外だ。

何より、そんなことを1000年も繰り返していて、焔の精神面が心配だ。俗に言う『闇落ち』とかしてないといいけど…。


「…正直聞いたときは驚いたけど、俺は焔の奴すげぇなって尊敬した。」
「え?」


皇憐が人に対して『尊敬』なんて言葉を使うなんて珍しい。あまりそういうことを口にしないタイプだったから、もはや初耳かもしれない。


「今だから言うけどな…、俺は桜琳を看取るのが怖くて人柱になったんだ。」


私は思わずその場で立ち止まってしまった。

『怖い』…? そんな言葉も皇憐からは聞いたことがなかった。皇憐は立ち止まってしまった私の手を取ると、強く握り締めた。


「もちろん、桜琳に言ったことも嘘じゃない。桜琳も、その子孫も、桜琳が愛したこの国を守りたかったのも本心だ。何より霊力を妖力で代用できるとなったとき、不老不死の俺が適任なのも事実だった。でも何より、桜琳を看取るのが怖かったんだ。」


皇憐は俯くと、吐き捨てるように笑った。


「笑っちまうだろ、何千年も生きてきたってのに。人の死なんて慣れてると思ったのによ…。」


私は皇憐の両頬に手を添えると、そっと顔を上げさせた。顔を上げた皇憐は苦笑していた。

そんな皇憐が愛しくて、私は微笑んだ。


「笑うわけなんてないじゃん。嬉しい、皇憐にとってそこまでの存在になれてたこと。でも…今回封印が解けたら…。」
「…分かってる。」


皇憐は私の手を握り締めると、手の平にそっと口付けた。


「そのときは、俺も腹を括るときだな。」
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