龍は千年、桜の花を待ちわびる

第五章

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「戻ったか、皇憐よ。」


ゆっくりと目を開くと、そこは暗闇の中だった。懐かしいと思う程には、外の世界を堪能していたらしい。

地の底を這うような、腹に響く声に相槌を打った。


「あぁ。」
「ふん、また儂をこんな所に閉じ込めおって。もう少しで出られたと言うに…。」
「当たり前だろ、放っといたらお前ら悪さするじゃねぇか。」


俺が今会話している相手は他でもない、『怨念』の塊だ。


数百数千人分の怨念がこの小さな箱に封印された結果、最も怨念が強かったらしい『ジジイ』の人格を持った。

恐らくこのジジイは、この辺り一帯を仕切っていた人間だろう。


「当たり前だ。儂は憎いのじゃ、怨めしいのじゃ…! 儂を殺し、儂の国を滅ぼし、民を殺し奪い、そしてあんな惨劇を生み出したこの国が…!」
「ありゃ私皇帝がやったもんだって何度も言ったろ。もう1000年も経ってんだ。外の人間にゃ関係ねぇだろ。」
「何を言う! 貴様とて憎くて堪らぬのじゃぞ、龍でありながら彼奴(あやつ)に加担しおって…!」


1000年間、会話を繰り返して来たがずっとこの調子で堂々巡りだ。

とはいえ、最初はもっと獰猛だった。互いに攻撃し合うことなどできない状況下だというのに、常に殺意を向けられ、喉元に刀を突きつけられているかのようだった。


「友達だったんだ、お前だって友達になら手を貸すだろ。」
「それでも人間と龍とでは話が違う! 貴様のような無敵な者が戦場に()っては勝ち目などなかろう!」
「じゃあ引けばよかったじゃねぇか。」
「ならん! 多くの犠牲を払ったのだ。おめおめと引き下がれるわけがなかろう!」


ジジイの怒りは相変わらずのようだ。正直、1000年もこの調子じゃ俺も飽きるし疲れる。むしろ1000年も怒り続けてるコイツら怨念がすげぇとすら思う。

人格は1人分だが、怨念は数百数千人分。1000年経っても薄れることがないのは仕方がないと言えば仕方がないが…。


「大義名分としては立派だが、それこそ今の人間には関係ねぇだろ。」
「ならん! 奴らの子孫など滅ぼしてくれるわ…!」


俺は頭を掻くと、大きな溜め息を吐いた。


「お前らのその身勝手さが新たな悲しみや悲劇を引き起こして、どれだけの人間が苦しんだと思ってんだ。お前らが封印されるまでの間、もう十分暴れただろ。」
「足りぬと言っておるのだ…! 儂は全ての国民を滅ぼすまで消滅などせぬぞ…!」


俺はやれやれと再度溜め息を吐いた。

その時不意に、外の声が聞こえてきた。基本的に、外の声は『俺ら』に向けられたものしか聞こえてはこない。

けれど例外はある。それは、封印の術者の声だ。


『ギリギリ間に合った、かな?』


(この声は…!)


俺が反応するより早く、怨念のジジイが反応した。



「あの小童(こわっぱ)か…!!」


当然だが、コイツら怨念は自分たちを封印した秀明も憎み怨んでいた。封印の暗闇の中、突如怨念の殺気が増したのを感じた。


「その小童が、どうやらやっとお出ましのようだな。」


俺はニヤリと笑った。ついに『時が来た』ということか。
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