龍は千年、桜の花を待ちわびる
空の琴。
水凪の二胡。
金言の笙。
焔の横笛。
木通の琵琶。

1000年ぶりに聞いたが、見事なものだ。


皆が一斉に演奏を始めたその瞬間、空気が変わった。霊感がなくても分かる程に、何か力が高まっていく。

それと同時に、皇憐が箱に戻った時に収まっていた黒い(もや)が再び漏れ出し始めていた。封印の札を剥がしたせいだろう、昨晩よりも漏れ出る勢いが早い。


「皇憐、もう少し踏ん張ってて!」


秀明はそう叫んだ。秀明は秀明で気を高めているようだった。

これから封印が完全に解かれて、怨念が溢れ出してくる。すでに漏れ出た怨念は、封印された時同様に空高く昇り渦を巻き始めていた。


「もう、少し…!」


秀明が叫ぶとほぼ同時に、渦巻いた怨念から何か黒い粘着質の液体のような物がボトリと落ちて来た。

それは人の形を取ると、こちらへゾンビのように向かってきた。


「まさか…怨霊…。」


私はあまりのおぞましさに、秀明の背中に縋るようにしがみついた。

桜琳だった頃に話には聞いていたが、実際に目の当たりにするのは初めてだ。


近付いてきたそれは結界に触れた瞬間、バチッと激しい光を発して弾かれた。


「大丈夫だよ、桜琳…!」
「うん…!」


気付けば怨霊は数を増しており、このまま結界が解ければ間違いなく彼らの餌食になってしまうだろう。

けれど、秀明が大丈夫と言うのなら。皆が居るから。私はただ、信じるだけだ。


「皇憐、いいよ!」


秀明がそう叫んだ直後、封印の箱の蓋が吹き飛んだ。吹き飛んだ蓋は地面に叩きつけられると、激しい音を立てた。


「皆も演奏を止めて!」


秀明がそう言った瞬間、今度は私たちを包んでいた円球状の結界がガラスが割れるかのように砕け散った。

皆は勢い良くこちらへ駆けつけると、私たちを囲むようにして守りを固めた。


「来るよ。」


秀明がそう言うと同時に、大量のドス黒い靄が一気に空へと立ち昇った。かと思うと、今度は眩い光がその後を追うようにして立ち昇った。


「まさか…皇憐…!?」
「多分ね…!」


そんな私と秀明の会話を裏付けるように、天高くから地を震わせる程の大きな雄叫びが聞こえた。


「皇、憐…。」


皇憐が真の姿を取ったときの雄叫びだ。

靄と光が立ち昇った先を見やると、龍の姿をした皇憐が怨念の渦に巻き付いていた。そうして無理矢理怨念の動きを封じているんだろう。


「相変わらず無茶苦茶だなぁ…!」


呑気にそんなことを言ってはいるが、秀明の額には汗が滲んでいた。

相当霊力を高めているんだろう、霊力がない私でも分かる程、空気が震えている。


「成仏に移行するよ!」


秀明がそう叫ぶと、皆それぞれが了解を示す返事をした。
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