龍は千年、桜の花を待ちわびる
「なぁ、ジジイ。」


成仏の術による眩い光の中、俺は怨念たち……代表者としてジジイに声を掛けた。


「お前ら本当はもう、ほとんど怨んじゃいねぇんだろ…?」


封印の箱から吹き出た怨念は、1000年前のままだったらこんなものでは済まなかったはずだ。

それは、怨みが弱まった証拠だろう。


「憎いに決まっておるじゃろう。怨めしいに決まっておるじゃろう。」


そうは言うものの、成仏の光の中、どんどんと怨念の数が減っていく。

素直じゃないジジイだ。


「……じゃが、漏れ出た怨念どもが伝えてくるこの世界は、儂の知る世界ではなかった。」
「そうか。」
「……良い国になった。」


顔がないので表情は読み取れないのが残念だが、顔があったらどのような表情をしているのだろうか。


「滅ぼすにゃ、もったいねぇだろ?」
「……ちぃとばかしじゃがな。」
「素直じゃねぇな。」
「……“あの小娘”が愛した国じゃ。こうなることは、分かっておった。」
「は…?」


あの小娘とは、誰のことを指しているのだろうか。まさか、桜琳…?


(封印されてすぐじゃねぇか…。)


俺が呆気に取られていると、ジジイは続けた。


「国を思い、民を思う。それは、上に立つ者として当たり前じゃ。そして、あの小娘は貴様との仲を引き裂いた儂らを怨まなかった。」


言われてみれば、桜琳は俺への愛を語ることもなければ、弱音を吐くこともなかった。

ましてや怨念への怨みなど、欠片も口にしなかった。


「あの小娘の言葉……、貴様だけに向けたものではなかった。」
「図々しい怨念どもだな…。」
「実際、儂らに向けたものもあったのじゃ。」
「は?」
「貴様は気付かなかったろうがな。儂らは『強い思いの塊』じゃからな…、伝わって来てしもうたのじゃ。」


俺はつい笑みを溢した。

強い思いは力になる。桜琳、結。やっぱりお前ら、全然無力なんかじゃねぇよ。


「あの小娘だけではない。あの小娘の子孫や貴様にも、皆随分と(ほだ)されたもんじゃ。」


捨て台詞のようにそう言うと、ジジイはボロボロと崩れるようにして、天に消え始めた。


「この1000年にも及んだ戦い、貴様らの勝ちじゃ。」
「おう。」
「……達者でな。」
「……クソジジイ。静かに眠ってろ。」


そう言うと、初めてジジイが笑ったような気配がした。


そうして、怨念たちは消滅した。
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