バラ色の十年
 しかし、経験不足で、そして悟さんの趣向もわからないので、自分がしている妄想が、どれほど的を得ているのかわからない。
 男の人ってこんな時、なんて言うんだろう。こんな手順であっているのかな。悟さん本人に確認はできないので、せめて男子がどんな風にするのか、知りたい。
 そんな欲求に突き動かされていた矢先、私は岬に合コンに誘われた。
「彼氏が友達連れてくるから。鈴、来なよ。なんか男子と話してみたいって言ってたじゃん」
 岬にはもちろん、悟さんのことは話していない。悟さんのことを打ち明けている人は一人もいない。そうか、でも私、いつの間にか男子と話したいとか呟いていたんだな。
 合コンは期末テストの終わった週末のカラオケボックスで行われた。男子三人、女子三人だった。岬は彼氏と嬉しそうにデュエットしていた。私は、端っこの席で、ジンジャーエールを飲んでいた。もう一人の女子のさなえは、向かいの席の男子が気に入ってようで歌わずにずっとしゃべっている。
 結果的に残った男子は、歌本をつまらなそうにめくっていた。私は街でナンパされるときみたいに話しかけられるのを恐れていたので、ほっとした。
 逆に私は、私の外見になびかないその男子に興味を持った。つまらなそうにしている横顔を見て「女とか面倒くさい」とか思ってそうだな、と考えた。つまりある程度は女子とのつきあいがあって、その結果、女子を面倒くさいと思っているのではないか。 
 その子の名前は冬馬君、と言った。カラオケは三時間ほどで終わり、岬と彼氏、さなえ達がバスセンターへ向かって帰って行った。私と冬馬君は電車の駅へと向かった。
 チャンスだ、そう思った。

 私は中学以来、同級生の男子と話したことがなかった。でも、相手は悟さんではないので、全然緊張していなかった。
「冬馬君、ちょっとききたいことがあるんだけど」
 1メートルほど横を歩いていた冬馬君が、こちらを見た。改めて見ると、こっそり女子にモテそうなタイプだ、と思った。控えめなところがいい、とかささやかれるような。
「ナンパならお断りだけど」
 少し意地悪く笑って冬馬君が言った。
「そうじゃなくて。私、男友達とかいないから、男子のこと教えてほしくて」
 冬馬君は、私をじっと見つめて、不思議そうな顔をした。
「普通はそれ、口説き文句だけど。あんた、そういうんじゃないよな」
 私は大きく頷いた。
「そうなの。そういう色恋抜きでお願いします」
「なんだ、パパ活でもしてて相手の気持ちが知りたいとかか」
「ちがう。そんなんじゃない」
「ああ…好きな男がいるんだな」
 ビンゴだった。私は、誰にも悟さんのことを言っていない。でも冬馬君なら学校も違う。何よりも、冬馬君は口が固そうだった。そういう直感は外したことがない。私は思い切って言った。
「うん。去年から、ずっと好きなんだ」
「へえ」
「ねえ、彼女とキスする時ってどんな時?」
 は?と冬馬君は目を瞬かせた。
「色恋抜きで、ききたいのはそれかよ」
「だって。つきあったことがないからわからない」
「…そういう空気になった時にすんだよ。相手もしてほしそうな顔、するし」
「じゃあ、押し倒すのは?彼女の部屋に行ったら、する?」
「そうだな。向こうの親とかいなかったら、期待してんじゃねえかな、とか思うな。一応、探りは入れるけど」
「そうか。そうなんだ」
 早速、今夜から妄想シーンに組み込んでみよう。心の中で頷いていると冬馬君が呆れた顔をした。
「よくわかんねえけど、男を誘惑する気?アグレッシブだな」
「…思考は現実化する」
「あ?」
「そういうタイトルの本が、古本屋さんにあったの。簡単に言うとすごいイメージトレーニングを欠かさずにやってると、現実になる、とかそんな本」
「それ、信じてんのか」
「うん。叶ったらいいな、と思って」
「あほか。そんなこと言ってたら、ストーカーの欲望はぜんぶ叶っちまうだろ。ありえねえよ、そんなこと」
「でも、いっぱい妄想した翌日に、会えたり、するんだ」
 本当だった。激しく妄想した翌日の夕方、百合姉が悟さんをうちに連れてきたり、した。
「妄想とか、男みてえな奴だなあ」
 急にツボったようで、冬馬君はげらげら笑いだした。結構長い間、冬馬君は笑っていた。
 笑いが止まると、改めて冬馬君は私の顔を見た。
「坂本さんって見た目は男受けしそうなのに、中身は全然違うのな。女って好きとか嫌いとかばっかでつまんねえと思ってたけど。あんたは、そういうのとは違うみたいだな」
「そう、なのかな。自分じゃわからない」
「ふーん。坂本さん、勉強できるんだってね」
「まあ、一応」
 悟さんに頭いいね、と言われてから勉強に手を抜いたことはない。
「じゃあさ、俺に勉強教えてよ。俺は、坂本さんの知りたいこと、答えられる範囲でいいなら答えるから」
「本当?!」
 私は、目を輝かせた。私と冬馬君は連絡先を交換した。夏休みに何回か会って勉強会をすることになった。
 私の好きな人のことは誰にも言わないで、と言ったら、あっさり了解、と言われた。
 私は、生まれてはじめて男友達ができたのだった。

 
 高3になり、私は受験勉強で忙しくなった。百合姉が気軽に悟さんに「鈴なら国立狙えるって」と言ったというのだ。そんなこと言われたら、私は国立に受かるしかないじゃないか。今までにも増して、馬車馬のように勉強した。
 百合姉と悟さんは、お互い社会人2年目で、もう以前のようにうちに来ることは少なかった。会社帰りに一緒にちょっと飲んでくるような、そんなデートをしていた。
 悟さんに会えない日々が続き、辛さをまぎらわすためにも、勉強した。
 そんな中、冬馬君との勉強会は続いていた。冬馬君の口が固そうだ、という予想は 当たっていた。私とのことを、学校の友達やもちろん岬にも言わないでいてくれた。
 そのため、好きな人と会えない、という愚痴を、冬馬君に思い切り言うことができた。冬馬君には、悟さんの名前や関係性は言っていない。ただひたすら好きだと言わせてもらっている。
「はいはい。恋愛ってのは大変ですねえ」 
 などと軽く受け流してくれるので、言いやすかった。
 模試の判定は芳しくなかったのに、なんと私は国立大学に受かった。春から実家から通えるF大生になった。合格祝いをうちでした時に、悟さんが来てくれた。神様ってちゃんといるんだ、と思わずにはいられなかった。
「やっぱ鈴ちゃんは、頭いいと思ってたんだよ」
 悟さんは、そう言うけど。あなたがいたからだよ。あなたが言ってくれたからだよ。身も心も捧げて、合格したんだよ。言えない言葉は、涙になった。
「うわ、鈴が泣いてる。そんなに嬉しかったかー。そりゃ嬉しいよね。第一希望合格だもんね」
 百合姉の的外れなリアクションがありがたかった。

 新学期。大学に通いだした。そして、冬馬君も、なんと同じ大学に合格していた。もう、勉強会をする必要はなくなっていたけど、ばったり会うと、ご飯を食べに行ったりした。
 冬馬君と会うようになってから、私の恋心も少し変化があった。以前は悟さんと会うと、テンパってしまって何を言えばいいかわからなくなっていた。
 しかし、冬馬君との会話をするようになってから、少し余裕ができた。悟さんと幾分なめらかに会話できるようになった。
「鈴ちゃん、なんか落ち着いたね」
 合格祝いの時に、そう言われた。少しでも悟さんにふさわしい大人の女性への道を歩けていたらいいなあとしみじみ思った。悟さんのロック好きも健在で、フェスに行って飲むビールは最高なんだよ、と言ってビールをあおった。
 私は、その言葉が心に残って、大学でレコード愛好会というのに入った。主な活動は、レコードを聴くことと、フェスに行くことだった。
 10人くらいのそのサークルは、とても楽しかった。去年は、勉強を詰め込みすぎて、昼も夜もなかった私だったが、同じ趣味の人たちと話して笑ったりする時間はなかなかよかった。必要最低限になっていた美容方面も、大いにやることにした。
 春休みから高2の時にやっていたファミレスのバイトも復活させていたので、大学が始まってからはたくさんシフトに入った。お給料は、レコードにも使ったが、大学に着ていく服がなかった私は洋服を買わなければいけなかった。大学は私服だ。俄然力が、入る。
 おしゃれしだすと、男子学生から声もかけられた。でも、結構冬馬君と一緒にいることが多かったので、自然と「つきあっているらしい」と噂されるようになり、うるさくつきまとわれることはなかった。
 フェスの情報もどんどん入ってきた。サークルの友達からもフェスの楽しさを聞き、行ってみたい気持ちがさらにふくらんだ。私が狙っていたのは、北海道のエゾロックフェスティバルだった。サークルの人達は、関東でのフェスで手いっぱいで北海道まではね、と言って行かないらしかった。
 私はファミレスのバイトの他に家庭教師のバイトも入れて、せっせと旅費やチケット代を稼いだ。
「夏の北海道か。行ってみたいな」
 冬馬君にフェスの話をすると、乗ってきた。冬馬君の好きなインディーズバンドも出るらしく、一緒に行くことになった。しかもテントを張って一泊することに。
 あっという間にフェス当日になった。素晴らしい晴天だった。想像以上に買い食いできる出店が充実していて、わあわあ言いながら、冬馬君と二人、買いまくって空の下、食べた。 
 そして、耳に入ってくる、細切れの音楽。歓声。フェスに来た、という感覚がぐっと押し寄せてきた。未成年だから炭酸水を飲んでいたけれど、ここで飲むビールは確かに最高だろうな。
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