バラ色の十年
悟さんと一緒にフェスに来れたら、どんなに素敵だろう。
そう思った矢先、スマホが鳴った。外だと鳴ってるのに気づけないことが多いのに、その時、ちゃんと耳に届いたのだ。液晶画面を見ると百合姉からだった。電話に出る。
「百合姉?」
「おー、鈴。フェスどう?盛り上がってる?」
「うん。サイコー」
と答えながら、不思議に思っていた。だって百合姉、フェスに関心なかったはず。
「いいなあ。俺も行きたかったよ」
脳内で何万回も再生されている声が聞こえた。私はびくっと体を反らした。
「悟さん」
「いや、百合から、鈴ちゃんがエゾロック行ってるって聞いて。ちょっとでもフェスの空気を感じたくなっちゃって。電話かけさせちまった」
私は、スマホを耳から外して、歓声とか音楽が少しでも入るよう、頭上にかざした。
「…聞こえました?」
悟さんは、おう、と上機嫌な返事をした。
「やっぱいいね。あー俺も会社さえなかったら鈴ちゃんと一緒に行きたかったなあ」
何気ないひとことに、ぐっと胸をわしづかみにされた。目に涙があふれる。そんな嬉しいこと、久しぶりにしゃべる時に言うなんて。私は泣き声にならないよう、慎重に悟さんとロックの話をした。最後に悟さんに
「北海道の夜は寒いから気をつけてね」
と言われ、わかりましたと答えて通話は終わった。
冬馬君は傍らでコーラを飲んでいたけれど、私の電話に関しては何もつっこんでこなかった。
それからいくつライブを見ただろう。もう数えきれないほど音楽を堪能して、はしゃいで、声をあげて、拳をふりあげて。
さすがにくたくたになった夜中。冬馬君と私は、テントで寝ることにした。頭の中では音楽がまだ鳴っていて、肌には歓声の名残がある。
並んで毛布をかぶる。悟さんの言う通り、北海道の夜は寒かった。灯りを落とし、もう寝るというタイミングで冬馬君が言った。
「あんたの好きな人ってあの電話の人なんだな。あんたの姉貴の旦那さんだったのか」
疲れにまみれて瞼が重くなっていたが、一気に覚めた。
「声がいつもと全然違うから、すぐわかった。おまけに泣いてたし」
私は、ぐっと唇をかんだ。言い訳や嘘を、と思ったが何も浮かばないし、冬馬君をだますことはできないだろう。私は観念して、言った。
「…バレちゃった」
姉貴の旦那なんて不倫じゃん、やめとけ、とか言われるんだろうか。
「バレるよ。俺はいつも鈴を見てるから」
ふっと視界が暗くなったと思ったら、至近距離に冬馬君の顔が近づいてきて、キスをした。
びっくりした。
「俺、鈴と寝たい。好きなんだ」
「…私には、好きな人がいるんだよ?」
「わかってて、こうしてるんだよ」
もう一度、キスをされた。熱のこもった強いキスだった。私は押し寄せてくる波にのまれた。
私は、その夜、冬馬君と寝た。もう処女ではなくなった。
二十歳の成人式で着た振袖を、百合姉と悟さんの結婚式でも着た。それは六月に行われていて、ジューンブライドなんだよ、と百合姉は、はしゃいでいた。百合姉の選んだウェディングドレスは、とても似合っていて、そう言うと豪快に笑ってくれた。
「次は、鈴の番だからね」
私は、薄く笑ってみせた。百合姉に、冬馬君のことは、男友達としか言っていない。確かに冬馬君とは出かけたり、一緒にレポートをやったりしていた。でも寝たのはフェスでの一夜きりだった。
こうして結婚式を目の当たりにしているというのに、私は白いタキシード姿の悟さんにくらくらしていた。ああ、もう何でも似合っちゃうんだから。結婚式当日の新郎新婦は忙しい。式の終わりに、参列客に一人一人に声をかける時に、やっと悟さんと話せた。
「鈴ちゃん、今日はありがとうな。いつでもうちに遊びにおいでよ」
「はい」
「鈴、私の代わりに麻婆豆腐作ってよ。美味しいから」
「へえ、食ってみたいな」
「ほんとに作りに行っちゃいますよ?」
「のぞむところだ」
百合姉が笑い、悟さんも笑った。その日はそれで終わった。結婚式の帰り、両親と一緒に乗ったタクシーの中で、今後、さらに悟さんと会える可能性が低くなることについて考えた。
もう実家でばったりとか、なくなる? いや、百合姉が悟さんを連れてやって来るかも。百合姉は料理が苦手だ。お母さん何か食べさせて、とか言って来るかもしれない。
この期に及んで、悟さんが来る可能性を切に望んでいる。でもしょうがない。悟さんと会うことを欲してしまう強い気持ちは、いくつになっても、薄れることがない。
悟さんのことを妄想することも、地味に続いていた。
みんな、どうやって自分の恋心とカタをつけているんだろう。
私の恋は、まだ終わる気配を見せない。
私は二十三歳になり、商社の事務の仕事に就いた。冬馬君は、システムエンジニアとして、随分しごかれているようだった。私は、なんとか仕事を覚えようと必死な一年だった。
同時に、ちょっと環境が変わった出来事があった。
私の大学卒業と同時に両親が海外へ行ってしまった。父は同期の友人が海外赴任しているのを以前から羨ましがっていた。そうしたら、実現してしまったのだ。父は、ドイツの貿易会社で、忙しく働いているらしい。母は当然のようについていった。
私は、両親がローンを完済させた一軒屋に一人暮らすことになった。母に家事を丸投げしていたので、最初は家事に追われた。半年くらいしてやっとルーティンができあがり、なんとか人らしく暮らせるようになった。
私が住んでいるだけ、と言っても百合姉の実家という事実は変わらない。いつひょっこり遊びにくるかわからない。悟さんを連れて。そう思って休日は、家中を掃除していたものだけど、百合姉と悟さんは現れなかった。
一年たった頃、百合姉だけが、実家の自分の部屋に、毛糸の帽子があるはず、と言ってやってきた。仕事帰りの夜、十時頃だった。すぐに帽子はみつかり、一緒にリビングでお茶を飲んだ。
「これがあると、冬全然違うんだよね。今年こそは、と思ってさ」
百合姉は、そう言ってグレーの毛糸の帽子をもてあそんだ。
「仕事忙しいの?」
「うん。私も、悟もすごく忙しい。鈴は偉いよ、家の中、綺麗にしててさ。うちなんかもう、無茶苦茶。家に寝に帰ってるだけって感じだよ。特に悟はね」
「そうなんだ…体もきついよね」
「そうよお。もう休日は死んだように寝てるね。夕方になってやっと起き出して買い出しに行ったりするけど。もう余計な食材買うの諦めた。ろくに夕食作らないから腐らすだけなんだって」
「…うちに食べに来たら。お母さんみたいにレパートリーないけど」
「ありがとー。でも、その時間がなかなか、ね。あ、もう帰らないと。洗濯しなきゃ」
そう言って、ぱたぱたと帰ってしまった。
悟さんには会えないのかなあ、と夜空の月に向かって呟いた。思い出すときの、輪郭が薄くなっている。柱に、こつんと頭をぶつけた。
二十五歳の春、祖母が亡くなった。葬儀が終わった後で、家族会議が開かれた。一人暮らしになった祖父のことは、月に2回くらいの割合で、里子叔母さんが見に来てくれることになった。
私も電車で一時間くらいで行けるので、顔を出すよ、と言った。特にお盆や正月は、孫の私と百合姉、里子叔母さんと太一叔父さん一家で集まることにした。
祖母の初盆も無事に終わった。しかし、悟さんは仕事が忙しくて来ることができなかった。私は明るくふるまったが、心の中はしょぼしょぼだった。
悟さんに会えなくなってもう一年以上になる。どうしよう。二人の住むアパートに「近くまで来たから」とか何とか言って行ってみようか。二人それぞれの帰宅時間もわからないのに?疲れはてている二人の前にお邪魔する。やはり、何度想像しても、私はただのお邪魔虫だった。
翌年。3月になり、新入社員の歓迎会が行われた。飲みの誘いを断る私だが、さすがに歓迎会くらいは行くのだ。
一次会が終わって大き目の居酒屋さんの外に出ると、夜の空気がまだ生あたたかい。二次会はカラオケになりそうだった。カラオケで歌に夢中になる面子だったので、恋バナにならないならいいかな、と行ってみることにした。もう少しビールも飲みたいし。
カラオケボックスまで、公園を抜けて行こうということになった。公園のベンチには、カップルが座りくつろいでいる。視線を向けないようにしようとしたが、次の瞬間、ガン見した。
悟さんだ。私が、悟さんの頭の形を見間違うわけがない。悟さんは、ベンチに仰向けになって寝ていた。顔が赤い。酔いつぶれているらしかった。私は二次会の群れを抜けて、悟さんのところに行った。
「悟さん。起きて」
悟さんはむにゃむにゃ言うばかりで起きる気配がなかった。私は公園の外のコンビニにお水を買いに行った。戻ると、悟さんは起き上がっていて、頭を前に垂れていた。
「悟さん。お水飲んで」
私は悟さんの隣に座り、ペットボトルを差し出した。
「ん…鈴ちゃん?」
「そう。たまたまここを通ったら、悟さんがいたから」
「ああ…さっき鈴ちゃんに呼ばれた気がしたんだけど、やっぱ夢じゃなかったか」
悟さんの夢に、私が出演できるチャンスは、これからあるのだろうか。
「悟さんが、こんなに飲むなんて、珍しいですね」
「うん…まあ、ちょっと仕事が、ね」
「聞かせてください」
悟さんは酒癖が悪い方ではなかった。こんなに飲むのは理由があるからだ。鬱屈したものをここで吐き出して欲しかった。
悟さんはぽつぽつと話しだした。
そう思った矢先、スマホが鳴った。外だと鳴ってるのに気づけないことが多いのに、その時、ちゃんと耳に届いたのだ。液晶画面を見ると百合姉からだった。電話に出る。
「百合姉?」
「おー、鈴。フェスどう?盛り上がってる?」
「うん。サイコー」
と答えながら、不思議に思っていた。だって百合姉、フェスに関心なかったはず。
「いいなあ。俺も行きたかったよ」
脳内で何万回も再生されている声が聞こえた。私はびくっと体を反らした。
「悟さん」
「いや、百合から、鈴ちゃんがエゾロック行ってるって聞いて。ちょっとでもフェスの空気を感じたくなっちゃって。電話かけさせちまった」
私は、スマホを耳から外して、歓声とか音楽が少しでも入るよう、頭上にかざした。
「…聞こえました?」
悟さんは、おう、と上機嫌な返事をした。
「やっぱいいね。あー俺も会社さえなかったら鈴ちゃんと一緒に行きたかったなあ」
何気ないひとことに、ぐっと胸をわしづかみにされた。目に涙があふれる。そんな嬉しいこと、久しぶりにしゃべる時に言うなんて。私は泣き声にならないよう、慎重に悟さんとロックの話をした。最後に悟さんに
「北海道の夜は寒いから気をつけてね」
と言われ、わかりましたと答えて通話は終わった。
冬馬君は傍らでコーラを飲んでいたけれど、私の電話に関しては何もつっこんでこなかった。
それからいくつライブを見ただろう。もう数えきれないほど音楽を堪能して、はしゃいで、声をあげて、拳をふりあげて。
さすがにくたくたになった夜中。冬馬君と私は、テントで寝ることにした。頭の中では音楽がまだ鳴っていて、肌には歓声の名残がある。
並んで毛布をかぶる。悟さんの言う通り、北海道の夜は寒かった。灯りを落とし、もう寝るというタイミングで冬馬君が言った。
「あんたの好きな人ってあの電話の人なんだな。あんたの姉貴の旦那さんだったのか」
疲れにまみれて瞼が重くなっていたが、一気に覚めた。
「声がいつもと全然違うから、すぐわかった。おまけに泣いてたし」
私は、ぐっと唇をかんだ。言い訳や嘘を、と思ったが何も浮かばないし、冬馬君をだますことはできないだろう。私は観念して、言った。
「…バレちゃった」
姉貴の旦那なんて不倫じゃん、やめとけ、とか言われるんだろうか。
「バレるよ。俺はいつも鈴を見てるから」
ふっと視界が暗くなったと思ったら、至近距離に冬馬君の顔が近づいてきて、キスをした。
びっくりした。
「俺、鈴と寝たい。好きなんだ」
「…私には、好きな人がいるんだよ?」
「わかってて、こうしてるんだよ」
もう一度、キスをされた。熱のこもった強いキスだった。私は押し寄せてくる波にのまれた。
私は、その夜、冬馬君と寝た。もう処女ではなくなった。
二十歳の成人式で着た振袖を、百合姉と悟さんの結婚式でも着た。それは六月に行われていて、ジューンブライドなんだよ、と百合姉は、はしゃいでいた。百合姉の選んだウェディングドレスは、とても似合っていて、そう言うと豪快に笑ってくれた。
「次は、鈴の番だからね」
私は、薄く笑ってみせた。百合姉に、冬馬君のことは、男友達としか言っていない。確かに冬馬君とは出かけたり、一緒にレポートをやったりしていた。でも寝たのはフェスでの一夜きりだった。
こうして結婚式を目の当たりにしているというのに、私は白いタキシード姿の悟さんにくらくらしていた。ああ、もう何でも似合っちゃうんだから。結婚式当日の新郎新婦は忙しい。式の終わりに、参列客に一人一人に声をかける時に、やっと悟さんと話せた。
「鈴ちゃん、今日はありがとうな。いつでもうちに遊びにおいでよ」
「はい」
「鈴、私の代わりに麻婆豆腐作ってよ。美味しいから」
「へえ、食ってみたいな」
「ほんとに作りに行っちゃいますよ?」
「のぞむところだ」
百合姉が笑い、悟さんも笑った。その日はそれで終わった。結婚式の帰り、両親と一緒に乗ったタクシーの中で、今後、さらに悟さんと会える可能性が低くなることについて考えた。
もう実家でばったりとか、なくなる? いや、百合姉が悟さんを連れてやって来るかも。百合姉は料理が苦手だ。お母さん何か食べさせて、とか言って来るかもしれない。
この期に及んで、悟さんが来る可能性を切に望んでいる。でもしょうがない。悟さんと会うことを欲してしまう強い気持ちは、いくつになっても、薄れることがない。
悟さんのことを妄想することも、地味に続いていた。
みんな、どうやって自分の恋心とカタをつけているんだろう。
私の恋は、まだ終わる気配を見せない。
私は二十三歳になり、商社の事務の仕事に就いた。冬馬君は、システムエンジニアとして、随分しごかれているようだった。私は、なんとか仕事を覚えようと必死な一年だった。
同時に、ちょっと環境が変わった出来事があった。
私の大学卒業と同時に両親が海外へ行ってしまった。父は同期の友人が海外赴任しているのを以前から羨ましがっていた。そうしたら、実現してしまったのだ。父は、ドイツの貿易会社で、忙しく働いているらしい。母は当然のようについていった。
私は、両親がローンを完済させた一軒屋に一人暮らすことになった。母に家事を丸投げしていたので、最初は家事に追われた。半年くらいしてやっとルーティンができあがり、なんとか人らしく暮らせるようになった。
私が住んでいるだけ、と言っても百合姉の実家という事実は変わらない。いつひょっこり遊びにくるかわからない。悟さんを連れて。そう思って休日は、家中を掃除していたものだけど、百合姉と悟さんは現れなかった。
一年たった頃、百合姉だけが、実家の自分の部屋に、毛糸の帽子があるはず、と言ってやってきた。仕事帰りの夜、十時頃だった。すぐに帽子はみつかり、一緒にリビングでお茶を飲んだ。
「これがあると、冬全然違うんだよね。今年こそは、と思ってさ」
百合姉は、そう言ってグレーの毛糸の帽子をもてあそんだ。
「仕事忙しいの?」
「うん。私も、悟もすごく忙しい。鈴は偉いよ、家の中、綺麗にしててさ。うちなんかもう、無茶苦茶。家に寝に帰ってるだけって感じだよ。特に悟はね」
「そうなんだ…体もきついよね」
「そうよお。もう休日は死んだように寝てるね。夕方になってやっと起き出して買い出しに行ったりするけど。もう余計な食材買うの諦めた。ろくに夕食作らないから腐らすだけなんだって」
「…うちに食べに来たら。お母さんみたいにレパートリーないけど」
「ありがとー。でも、その時間がなかなか、ね。あ、もう帰らないと。洗濯しなきゃ」
そう言って、ぱたぱたと帰ってしまった。
悟さんには会えないのかなあ、と夜空の月に向かって呟いた。思い出すときの、輪郭が薄くなっている。柱に、こつんと頭をぶつけた。
二十五歳の春、祖母が亡くなった。葬儀が終わった後で、家族会議が開かれた。一人暮らしになった祖父のことは、月に2回くらいの割合で、里子叔母さんが見に来てくれることになった。
私も電車で一時間くらいで行けるので、顔を出すよ、と言った。特にお盆や正月は、孫の私と百合姉、里子叔母さんと太一叔父さん一家で集まることにした。
祖母の初盆も無事に終わった。しかし、悟さんは仕事が忙しくて来ることができなかった。私は明るくふるまったが、心の中はしょぼしょぼだった。
悟さんに会えなくなってもう一年以上になる。どうしよう。二人の住むアパートに「近くまで来たから」とか何とか言って行ってみようか。二人それぞれの帰宅時間もわからないのに?疲れはてている二人の前にお邪魔する。やはり、何度想像しても、私はただのお邪魔虫だった。
翌年。3月になり、新入社員の歓迎会が行われた。飲みの誘いを断る私だが、さすがに歓迎会くらいは行くのだ。
一次会が終わって大き目の居酒屋さんの外に出ると、夜の空気がまだ生あたたかい。二次会はカラオケになりそうだった。カラオケで歌に夢中になる面子だったので、恋バナにならないならいいかな、と行ってみることにした。もう少しビールも飲みたいし。
カラオケボックスまで、公園を抜けて行こうということになった。公園のベンチには、カップルが座りくつろいでいる。視線を向けないようにしようとしたが、次の瞬間、ガン見した。
悟さんだ。私が、悟さんの頭の形を見間違うわけがない。悟さんは、ベンチに仰向けになって寝ていた。顔が赤い。酔いつぶれているらしかった。私は二次会の群れを抜けて、悟さんのところに行った。
「悟さん。起きて」
悟さんはむにゃむにゃ言うばかりで起きる気配がなかった。私は公園の外のコンビニにお水を買いに行った。戻ると、悟さんは起き上がっていて、頭を前に垂れていた。
「悟さん。お水飲んで」
私は悟さんの隣に座り、ペットボトルを差し出した。
「ん…鈴ちゃん?」
「そう。たまたまここを通ったら、悟さんがいたから」
「ああ…さっき鈴ちゃんに呼ばれた気がしたんだけど、やっぱ夢じゃなかったか」
悟さんの夢に、私が出演できるチャンスは、これからあるのだろうか。
「悟さんが、こんなに飲むなんて、珍しいですね」
「うん…まあ、ちょっと仕事が、ね」
「聞かせてください」
悟さんは酒癖が悪い方ではなかった。こんなに飲むのは理由があるからだ。鬱屈したものをここで吐き出して欲しかった。
悟さんはぽつぽつと話しだした。