澄ましたメイドのご主人様。
「待ってた?」



茉悧様が微笑みで肯定をする。

ならば,朝から来るべきだったかな……

両親に止められ,小説を読んでいた午前中を思いながら,私はそう思った。




「父さんはたまに頼まなくったって色々プレゼントしてくれるけど。人間まで連れてくるのは初めてだから。花蓮は俺のために,何してくれるのかなって,楽しみにしてたんだ」

「大したことは出来ませんよ」

「いいんだ」



帰ってきた微笑みに,私は何も返せない。

欲しいのは,時間と気持ちだけだって。

そう自分が発した事に,茉悧様は気づいているんだろうか。



「夜ご飯,何が良いですか?」



茉悧様の夜ご飯は,おやつも含め私の賄いになる。

茉悧様からしたら,他の方が作ったものの方が良いかもしれないけれど。

来る前に迷っていたはずの私は,ポツリとそう尋ねていた。



「あれ,そう言えば作ってくれるんだっけ」

「はい。途中,買い物に抜けることになりますが」

「じゃあ,買い物は俺も手伝うよ」



つい,無言で返してしまう。



「花蓮?」

「あ,いえ」



連れ出す許可までは,分からない。

小さく瞳を動かしたことで,茉悧様に覗き込まれてしまった。

純粋な茉悧様の反応に,私も肩の力が抜ける。



「いいえ,何でも。じゃあ後で,一緒に行きましょう」



私の言葉に笑った茉悧様は,腕の中にいた私を,一瞬持ち上げるようにふわりと抱き締めた。

この過剰なスキンシップは,今まで知り合った全てから得たものなんだろうか。

なんて,すっと鼻を通った知らない香りに,私は余計なことを考えてしまった。
< 31 / 57 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop