壊れてしまった宝物
律が担任になってから、空は嫌いな食べ物も頑張って食べられるようになっていった。毎日ニコニコと笑い、保育園に行くのを楽しみにしている。それは理沙にとって嬉しいことだ。しかし、時々空が呟く言葉に胸が痛くなってしまう時がある。

「……律先生がお父さんだったらよかったのに」

ごめんね、そう口から出そうになり理沙は慌てて言葉を殺す。ただ、あの時のことを思い出して泣きたくなってしまった。



理沙は一人で空を育てている。世間一般でシングルマザーと呼ばれる存在だ。そして、保育園にいる母親の中でも一番若く、律を保育園に通わせ始めた頃は、好奇の目で見られたり、心ない言葉を言われたりしたものだ。

理沙は高校を卒業後、県外の大学に進学した。テニスサークルに友人たちと入り、そこで空の父親となる男性と出会ったのだ。彼は当時、大学三年生だった。

先輩という立場である彼にアプローチをされ、最初は戸惑っていたものの、理沙も少しずつ彼に惹かれていき、夏休みに入る頃には交際がスタートした。
< 4 / 15 >

この作品をシェア

pagetop