だって、しょうがない
「いっぱい買ったね。車へ行こうか」

「うん……」

 駐車場へ向かうためにエレベーターに乗ってからも、うつむいたままで暗い表情の愛理。東京に着いてから、どんどん萎れていく花のようなその様子に、心をざわつかせた翔は、耐え切れず口にした。

「愛理さん、やっぱり兄キと何かあったんだよね」

「……何もないよ。だって、私、仕事で福岡に居たんだよ」

「じゃあ、福岡で何があったの?」

 そう問いかけられた愛理は、ホテルで見たタブレットの映像を思い出し、目をギュッと閉じた。

「仕事で行っただけだから……」

 ポソリとつぶやき、愛理は視線を泳がせた。そして、遠くを見つめ、北川のことを思い浮かべる。北川のことは、大切な思い出として、この先も誰にも言わずに過ごすつもりだ。


 心配をよそに胸の内を見せない愛理に翔は焦れ始め、こんな時に愛理にとって、自分は頼りにならない存在でしかないんだと痛感する。
 車の後部座席に荷物を置くと、愛理はまたうつむいていた。

「知ってる店に行こうか、体に優しいリゾットがあるんだ」

 車に乗り込むと、愛理はどこかに心を置き忘れたような虚ろな瞳を窓の外に向けていた。車は停止したまま、翔はハンドルに手を掛け考えをめぐらす。
 
──どうしたら、この人の心に自分が映るんだろか。

 そんな想いが翔の胸に降り積る。
 そして、空港に現れたアッシュグレーの髪色の男を思い出してしまう。
 ずっと、焦がれていた愛理と一緒にいた見知らぬ男の存在が疎ましい。
 その気持ちが翔の心に影を差す。

「そういえば、福岡で撮った写真があるんだけど……」



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