だって、しょうがない
 北川と過ごした時間を後悔するつもりはなかった愛理だが、翔の信頼を裏切ったことに罪悪感を感じてしまったのだ。でも、泣くつもりはなかった。ましてや泣いて誤魔化すような真似はしたくなかった。

「翔くん、ごめんね。私……泣いたりして……ひきょうだよね。ごめん」

 顔を上げた愛理の頬は涙で濡れていた。その頬をつつむように翔の手がそっと触れる。そして、愛理を怖がらせないようにゆっくりと話しかけた。
 
「何か理由があったんだよね。泣いていいから、ひきょうだなんて思わないから……。理由(わけ)を聞かせて」

 そう言って、自分の胸元へ愛理を引き寄せ、胸の中へ包み込んだ。
 愛理の中で、いろいろな感情が入り混じり胸が苦しくなる。今まで、ずっと堪えてきた分だけ、涙があふれ、嗚咽を漏らして泣いてしまった。
 翔は、自分の胸の中にいる愛理を愛しむように、そっと背中をさすり続けた。
 
 やがて、愛理の涙が止まり、翔の胸の中から起き上がる。

「ごめん……ありがとう」

「何があったのか、話してくれる?」

「……上手く話せないかもしれないけど」

「ゆっくりで、いいよ」

 その言葉に愛理はうなずき、小さな声で話し始めた。

「淳と生活していくの……もう、つらい。淳のスマホを偶然見てしまって……不倫相手からメールが届いていたんだ」

「兄キ……バカだな」と翔は苦々しく口にした。

「それで、証拠を集めようと思って、福岡へ出張が決まったときに、家にこっそり見守りカメラを仕掛けたんだけど……。そこに淳と私の友達が映っていて……淳の不倫だけでなく、ふたりに裏切られていたかと思うと、ショックでおかしくなりそうだった。もう、誰を信じていいのかわからない」

 最後の方は消えそうな小さな声で話す愛理の瞳に、再び涙がたまり出す。

「愛理さん……」

 
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