だって、しょうがない
痛みで顔を歪めた愛理を、淳は見下ろしながら眉間にしわを寄せ言い放つ。

「いきなり、そんなことを言っても納得できるはずがないじゃないか、そんな反抗的な態度を取って、誰かにそそのかされたんだろ」

「どうして、誰かにそそのかされたとかって、そんな風にしか考えられないの? 私、結婚してからいい家庭にしたくて、頑張って来た……。でも、いい家庭って、夫婦で協力しあって築き上げないと出来ないんだよ。結婚してから都合の良い家政婦みたいな扱われて、いつも寂しかったし傷ついていた」

 付き合っていた頃から愛理が淳の世話を焼くのが、定番となり、それが結婚してからは当たり前になっていた。結婚生活について自分が満足しているから相手も満足していると思い込み、淳は深く考えもしなかった。

「愛理……」

 淳は毒気を抜かれたように、手の力を抜いた。するりと愛理の手首が解放される。
 愛理は、痛む手首を押えながら、心に溜まっていたことを吐き出した。
 
「淳のことが好きで結婚したの。だから良い家庭にしたくて頑張ったけど、軽く扱われて、今ではどこが好きだったかも思い出せない。女なんていくらでもいるんでしょ!?  じゃあ、私じゃなくて、他の(ひと)でいいよね。私も他の(ひと)でいい。淳には何も期待しない。都合の良い奥さんは辞める」

 その瞬間、愛理は左の頬に熱い痛みを感じ、重心が揺らぐ。
 口の中に鉄臭い血の味が広がって、淳に叩かれたのだと理解した。
 
 

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