だって、しょうがない
 ふぅーと息を吐き、翔はベッドに横たわる愛理へ声を掛ける。

「愛理さん、ごめん。もう少し早く来れば良かった。まさか、兄キがここまでするとは……」

 おびえていた愛理へ翔は手を差し伸べ、ベッドから引き起こした。

「……ありがとう」

「兄キ、愛理さんは連れて行くから」

「お前ら、福岡に出張だとか言って、裏でコソコソと付き合っていたんだな」

 その言葉を聞いた翔は淳に向かって、呆れたような視線を送る。

「オレは兄キのことで悩んでいた愛理さんに安全なところでじっくり考えてもらいたいだけ、自分が裏でコソコソと女と付き合っているからって、直ぐそんな考えになるんだ」

 図星を突かれた淳は、気まずそうに視線を泳がせた。翔は細く息をつき、愛理へ話しかける。

「愛理さん……頬が腫れてる」

「わたしも言いすぎたから……」

 こんな状況なのに自分を責める愛理の姿に翔は眉尻を下げた。

「早くここから出よう」

 そう言って、部屋から出て行こうとする翔と愛理に向かって、淳の声が追いかけて来る。

「翔……お前……愛理は俺の妻なんだぞ」

 妻という存在を夫の所有物のように言う淳に、翔は呆れかえり、侮蔑の表情を浮かべた。

「暴力を振るう夫の元から、避難させる。それについては問題ないはずだ。警察を呼んだっていい。オレは、愛理さんが不利になるようなことはしない。これだけは誓える。だから兄キはじっくり自分の行いを振り返ってみろよ。叩くと埃がでるんだろ? 支払う慰謝料の算段でも立てて置くんだな」

「ちょっと、待てよ!」

「これからのことを相談しようと思って、母さんとも待ち合わせしているんだ。ほら、ふたりきりで会うと自分の事を棚に上げて邪推する人がいるからね。さあ、行こうか」

 翔の言葉に愛理は頷き、うなだれる淳を悲し気に見つめた後、何も言わずに深く頭を下げた。それは、淳との決別を意味していた。


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