だって、しょうがない
◇ ◇
「愛理さん、どうぞ」

 都内南部に位置する大森駅から商店街を抜けて、すぐの好立地。オートロック付きのマンション7階にある1LDKの部屋。そのドアを翔が開く。
 
「おじゃまします」と愛理は少し緊張しながら足を踏み入れた。コンクリート打ちっぱなしの壁に据え付けられた木製のラックには、建築設計の本と色々な街の素朴な民芸品などがバランス良く並び。低めのソファーや敷かれたラグの色も落ち着いた色で統一されている。仕事が忙しくなり、通勤時間を短縮したくて、一人暮らしを始めた翔のお城だ。

「普段、寝に帰っているだけだから散らかっているけど、好きに使っていいよ。お茶を入れるから座って、病院にも行ったから疲れたよね」

 自宅マンションを出た後、そのままの足で翔の知り合いの医者に掛かり、淳に殴られた頬の診断書をもらったのだ。
 
「ごめん、カップがこれしかないんだ」
 と翔が照れ笑いを浮かべながら、ローテーブルの上に不揃いのマグカップを置いた。
 手にしたマグカップをよく見ると、東北にあるスキー場のロゴとうさぎのキャラクターが描かれている。

「かわいい……」
 ゆるいキャラクターになんだか、ホッとして気が付いたら呟いていた。
 中にはミルクティーが注がれていて、口にすると甘くて温かな液体が体に沁み込んでいく。

「カップ新しいの買ってくるよ」

「ううん、これでいいよ」

 愛理は温かみを感じるように手のひらでカップを包む。

「ありがとう。翔くんが助けに来てくれて良かった……。私、淳のこと、初めて怖いと思ったの。そうしたら、体が思うように動かなくなってしまって……」

 頭の中でさっきの出来事がよみがえり、マグカップを持つ手に力が入る。

「あそこまでする人じゃなかったのに……。私、感情的になって言い過ぎたんだよね」

 そう言って、愛理は寂し気に雨上がりの窓の外へと視線を移した。




 
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