だって、しょうがない
 何気なく、ラックの上に置かれた時計を見た愛理は、思いついたように口にした。

「それにしてもお義母さん遅いね」

 それを聞いて、翔はいたずらっ子のようにクスリと笑みを浮かべ、内緒の話をするときみたいに口元に人差し指をあて話しだす。

「兄キには、ああ言ったけど母さんは来ないよ。オレが行くのは連絡してあるけどね。兄キは母さんに怒られるの嫌がるから、母さんを盾にしただけ、兄キ追いかけてこなかったでしょ」

 翔の意外な返事に愛理は驚いたように手を口に当て、キュッと目を瞑ると肩を震わせる。必死に笑いをこらえていたけれど、プッと吹き出してしまう。
 さっきまであんなに淳が怖かったのに、なんだかマヌケに思えてしまったのだ。
 愛理の笑顔にホッとした翔は腰を上げ、引き出しからスペアキーを取り出し愛理へ差し出した。

「オレもそろそろ実家に行こうかな。これ鍵だから」

 翔の手のひらから、スペアキーを受け取るとき、指先が触れ、そっと離れた。

「ごめんね。迷惑かけます」

「いいんだよ。オレが力になりたいんだ。あと、保存食だけどあるもの食べていいよ。デリもあるし」

「ありがとう」

「じゃあ、後で連絡するね」とドアが閉まった。
 ひとり部屋に残ると一抹の寂しさが漂う。

 細く息を吐き出してから、シャワーを浴びた。
 あまりにも一度に色々なことが起こり、気持ちを整理したかったけど、思考がぼんやりして、瞼が重くなる。
 シャワーから上がり、スマホを手に取った。
『今日はありがとう。疲れたのでもう寝ます。おやすみなさい』と翔へLIMEを送ると直ぐに『おやすみ』とかわいいスタンプ付きの返事が来た。そのことにほっこりして、笑みが漏れる。
 部屋着に着替えて、翔のベッドへ倒れ込むと自分のベッドとは違う香りがする。 
 その香りに包まれて、愛理は、自分を抱きしめるように体を丸め眠りについた。
 
 
 
 

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