だって、しょうがない
「おやすみなさい」と通話が切れた後もスマホの暗くなった画面を見つめてしまった。
 
 夫の弟の翔とは、独身時代に淳に連れられて、家へ遊びに行ったときに会ったのが最初だ。まだ、実家住まいだった翔、家族みんなと食卓を囲んだり、結婚式で使うプチギフトを選ぶときにも、淳を中心に3人で一緒にカタログを眺めたりと、本当の家族として接してきた。3人で出かけることがあっても翔とふたりきり外で会うことなどなかった。

──ずっと好きだったと告白された。
 いつから自分のことを想ってくれていたのだろう。

 優しくて気遣いのできる義理の弟のラインを飛び越して、一気に近い存在になった。
 だからといって、恋愛感情にいきなり切り替わるわけでもない。それなのに頼ってばかりで、翔の気持ちを利用しているようにも感じてしまう。
 
──この先、好きになったとしたら……。
 いや、その前に許されるのだろうか、夫の弟を好きになることを。

 淳と離婚するのは、翔が原因でないけれど、世間的に見れば、兄から弟へ乗り換えたようにしか見えないだろう。
 それに淳との関係も切れないものになってしまう。中村のご両親も良い気持ちはしないはずだ。

──でも、翔が居なかったら……。
 自分ひとりでは、淳の元から離れるのも難しかったかもしれない。

 翔の香りが残る部屋で、いろいろ考えてしまう。ふと、窓の外を見ると夜空に居待月が浮かんでいる。
 福岡で見たときより少し欠けていて、薄く温かな雲のベールを羽織っているような月の姿。
 それは北川を思い起こさせた。
 まだ、離れてから日にちが経っていないのに、あまりにも多くのことが起こりすぎて、ずいぶん前の出来事にも感じる。
 僅かに交差しただけのふたりだったけれど、あれは確かに恋だったと思う。
 月を見るたびに、もう会うこともない人を恋しく想ってしまうのだろうか。
 自分の気持ちはどこに向かうのだろう。
 
 
 
 
< 123 / 221 >

この作品をシェア

pagetop