だって、しょうがない
 建物の裏口から外へ出ると、肌を刺す冷たい風が吹き抜けた。すっかり日も落ち、街は闇に包まれている。
 正面玄関のにぎやかさと違い、大通りから入った路地にあたる裏口は、街灯もわずかで薄暗く、それに人通りも無い。

 近くに翔が来ているはず……。
 視線を泳がせた愛理だったが、姿を見つけることはできなかった。
 淳が車を停めたはずのコインパーキングまでは、まだ距離がある。

 上着のポケットに入っているスマホが低い振動を伝え始めた。けれど、淳に手首を抑えられ通話に出ることが出来ない。

 きっと、翔がどこかで自分を探してくれている。そんな希望を抱く一方で、このまま出会わない方が、翔がケガをするようなことにならず、良いのかもしれない。と、思ってしまう。
愛理は自分のせいで、淳と翔の仲がこじれているのが、ずっと気がかりだった。

「あの、お願いがあるんだけど……兄弟で傷つけ合うようなまねはしないで、大切な家族でしょう? 親だっていつまでも元気じゃないのよ。この先、何かあったときに頼れるのは、兄弟なんだから」

「はっ、バカ言うなよ。人のモノに手を出して、黙っていろと? その上、仲良くしろって? 夫に自分の男のお願いをするのかよ」

「翔くんとは、やましいことなんて、していないんだから! 翔くんは大事な家族なんだよ。このままだと年を取ってから、後悔することになると思う」

「家族なら俺にはお前がいるじゃないか。俺たち夫婦だろ」

 先に夫婦の誓いを破ったのは、淳なのに今さら夫婦だと言われても、余計に心を冷やすだけだ。

「私は、淳の都合でいいように使われる”モノ”じゃない。弁護士から話しが出たと思うけど離婚は本気なの」

 

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