だって、しょうがない
 翔に優しく声を掛けられ、緊張から解かれた愛理は、ヘナヘナと地面へ座り込んでしまう。
 
「怖かった……」
 愛理は小さな声でつぶやいた。
 心から出た言葉だった。
 その言葉に淳は顔を歪めた。

「愛理さん、立てる?」
と翔に手を差し出され、その手を借りて愛理は立ち上がる。

「兄キ、愛理さんを大切にしたいと考えているなら、なんで怖がらせるようなことしかできないんだ。本当は、自分の支配下に置きたいだけなんだろ。そんなことをして、夫婦と言えるのかよ」

「違う、これからは優しくする。俺が悪かった。だから……帰って来てくれ、俺にはお前が……愛理が必要なんだ」

 今までの高圧的な態度と違って、ポツリポツリとつぶやく淳が、ひとまわり小さく見える。けれど、愛理は、もう一度夫婦として、やり直す気持ちにはなれなかった。

「私……。また淳に殴られるんじゃないか、浮気されるんじゃないかと、おびえながら生活なんて出来ない」

 記憶の中にあるいろいろな思い出が、胸の奥に降り積り、切なさで埋め尽くされていく。
 愛理は大きく息を吸い込み、言葉を続けた。

「お願いだからこれ以上、淳のことを嫌いになるようなことをして欲しくないの。一緒に過ごした楽しい時間まで、イヤな事で上書きしたくない。好きで結婚したはずなのに……。嫌いになるために結婚したわけじゃない。だけど、やり直すのは、もう無理なの。淳のことが信じられないの」

 押さえきれない感情が、愛理の瞳から涙が流れ頬を濡らした。



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