だって、しょうがない
 淳の声で振り返った愛理の瞳に、街灯の仄かな明かりの中、鈍く光る物が見えた。
 危ないと思った瞬間、愛理の手は動いていた。

「つうっ……」
翔と淳の間へ差し入れた左腕が熱く感じる。
 痛みを感じてうつむくと、灰色のアスファルトの上に、ぽたりと落ちた血の色を見て「刺されたんだな」と愛理は理解した。

「愛理さんっ!」

翔はネクタイとハンカチで即座に止血を始める。

「つっ……だい……じょうぶ」

「あっ……」と、淳は、いまさら自分の犯した罪に気づいように後退った。

「この野郎! いい加減にしろって、言ってんだろ!」

 唸るような翔の声がして、足が素早く動く。
 高く上がった足が、淳の鳩尾(みぞおち)へめり込む。淳は「うっ、」と声を漏らすと耐え切れず、後ろへ腰から倒れた。翔は攻撃を緩めずに、ナイフを持ったままの手を踏みつける。ボキッと鈍い音がして、淳の手からナイフがこぼれた。
 すかさず、それを遠くへ蹴り上げ、勢いがついたままの足で、淳の胸をガツッと踏みつける。
 荒い息のまま、上から淳へ睨みをきかせ、胸の上に乗せた足にグッと力を込めた。

「救いようのないクズだな。身内だなんて情けないよ」

 翔は、悲し気につぶやいて、表情を曇らせた。

「翔くん……」

「愛理さん、ごめん。今、救急車呼ぶから」

 その言葉に愛理は辛そうに眉を寄せたまま、首を横に振る。

「傷は、たいしたことないから、この前の病院に……」

「なに言っているんだよ」


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