だって、しょうがない
 マンションの玄関ドアを開けると、置きっぱなしになっているゴミ袋が行く手の邪魔をする。
 久しぶりに帰った我が家は、空気までも薄汚れているように感じられた。
 翔はゴミ袋を軽く蹴飛ばしながら、ため息をつく。

「兄キは、ゴミも捨てられないのかよ」

 淳と気まずくなるのがいやで、手伝ってもらうことをあきらめた結果が、今につながっているようで、愛理からは後悔が口をつく。

「私が、あまり言わなかったから……。何もしなくなっちゃったみたい」
 
 眉尻を下げた翔は、気持ちを切り替えようと明るい声を出す。

「大人なんだから、普通ゴミぐらい自分で捨てられるでしょ。換気、換気」

 物が散乱しているリビングの窓を開け放つ。初冬のキンと冷えた空気が流れ込み、薄汚れた空気が洗われていくようだ。
 
「さあ、やろうか。何からすればいい? 愛理さんの指示で動くよ」

 淳は入院中だ。肋骨と腕の骨折なんて、ギブスを付け自宅療養で十分なのに、翔の知り合いのお医者さんに頼み預かってもらっている。ここには、絶対に現れない。
 どうしても、早々に片付けたい物があった愛理にとって、千載一遇のチャンスだった。
 でも、翔にそれを頼むのをためらってしまう。緊張を隠すようにゆっくりと話しだした。
 
「実は、片付けたいものがあるんだけど、翔くんに嫌われるかも……」

 愛理の言葉に、翔は驚いたように目を丸くする。

「オレが愛理さんを嫌うようなものって⁉」

「私の真っ黒な部分に、きっとドン引きになるよ」

 そう言って、愛理は肩をすくめてみせた。
 リビングの隅に置かれているバンブーで編み込まれたフロアスタンドの前に立ち、その中へケガの無い右手を入れ、麻紐で巻かれた小さな機械を取り出し、翔に見せる。
 
「えっ⁉ これって、もしかして……」

「そう、カメラを隠して、淳の不倫の証拠を集めていたの」



 

 
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