だって、しょうがない
 翔の視線が、小さな機械に注がれる。

「前に愛理さんが話してくれた見守りカメラってコレ?」

「……私、カメラを仕掛けた話しをした?」

「飛行機を降りて、買い物した後のタイミングで、兄キが不倫している話しのときに聞いたけど……」

 と翔は意外そうな顔をしている。
 あの日、福岡空港から羽田空港へ降り立った後、あまりにも色々なことが起こり、おおすじの記憶はある愛理だったが、細部まで覚えていなかったのだ。
 
「はぁー。話していましたか」

「はい、話していました」

 愛理の言葉を反芻するように翔がおどけて返した。
 それに反応して、フッと愛理の口元が緩み、緊張が解ける。

「翔くんに引かれるかと、覚悟を決めて言ったのに……」

「それぐらいのことじゃ、引いたりしないよ」

「だって、普通に考えて、部屋に隠しカメラとか、自分がやられていたら引くでしょう」

「愛理さんが普段そんなことをしない人だって知っているし、そうまでしなければならない理由を作ったのは、兄キだよ」

 そう、家庭をかえりみず、友人の美穂と不倫をして、ましてや妻の留守中に自宅に招くようなマネをしたのは淳だった。

「実は、もう一台設置してあるんだけど、高いところに付けたから、外してもらいたいの」

「いいよ。どこ?」

 と、寝室のカーテンBOXの上に設置した見守りカメラを翔に外してもらう。その広い背中を見つめ、愛理の気持ちは複雑に揺れていた。

 なんだかんだと、翔に頼り切ってしまっている。今だって、翔に軽蔑されるかもしれないと思い、見守りカメラのことを言い出すのをためらってしまったのは、失うことを恐れているからだ。

 離婚する夫の弟。
 それを思うと、ほのかに色づき始めた気持ちを、胸の奥底へ仕舞い込みたくなる。


< 172 / 221 >

この作品をシェア

pagetop