だって、しょうがない
 食事の後、近所の商店街をふたりで、ぶらぶら歩き、不動産屋さんのウインドウにびっしりと貼られた賃貸物件情報を覗いてみる。
 ひとり暮らしなのだから、そんなに広くなくてもいいけれど、安全面を考えると譲れない条件も出てしまう。

「部屋は4階以上、オートロックがついていて、セキュリティーがしっかりとしているところだよ」

 確かに翔の言う条件はもっともなのだが、予算というものがある。大手建設会社に勤める翔と、中小企業に属する愛理とでは、手取り額が違うのだ。

「うーん、築年数はこだわらないでもいいかなぁ」

「急いで決めなくても、タイミングで条件に合う物件が出るかもよ。ネットだけじゃなく、不動産屋さんに声をかけて置くと、退出物件を教えてもらえたりするから話しだけでもした方がいいよ」

「そうだね。条件だけでも伝えて探してもらうね」

と不動産屋のドアに手を掛けたところで、翔のスマホが着信を告げた。休日だというのに会社からの電話で、翔は渋い表情を浮かべながらスマホをタップした。愛理は翔に不動産屋に入っているね。とジェスチャーで伝えて、お店のドアを開ける。

 愛理は、窓口で受付票を記入しながら、翔のことを考えていた。福岡から帰ってきた日から、忙しい中、無理をして自分のために時間を作ってくれていた。
 何かあれば、気が付いて駆け付けて来てくれて、困ったときには、付き添いもいとわず、メッセージもまめにくれて、落ち込みがちな気持ちを支えてくれた。
 もしも、空港で翔に会わなかったら、今でも、どうしていいのかと思案に暮れて、泣いていただろう。

 人と人の出会うタイミングは、神様のいたずらというか、運命というか不思議なものを感じてしまう。


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