だって、しょうがない
 愛理の背中へと伸ばしかけた翔の手のひらが、ためらうようにギュッと握られた。
 そして、ゆっくりと手が開かれ、愛理の髪に優しく触れる。
 その手の感触に愛理はピクッと肩を小さく震わせた。翔は、髪を梳き、一房だけ手のひらに留める。

「オレで良ければ、相談に乗るから、いつでも電話して」
 愛おしげに、愛理の髪を自分の指先に巻きつけ話しを続ける。
「仕事の関係で、出張に出ている事が多いけど、兄キの愚痴でも何でも話しを聞くぐらいできるから……」

 名残惜しむかのように、ゆっくりと絡みつけた指先から髪を放した。

「翔くん……」
と言って、振り返った愛理の瞳を、翔は切なげに見つめ、そっと手を伸ばした。
 けれどそれは、慰めるようにポンポンと肩を撫でた後、スッと離れていく。

 ダイニングキッチンのドアの横で僅かに振り返り、リビングへと戻っていく翔の広い背中にかける言葉を、愛理は見つける事が出来なかった。

 ひとり台所に残った愛理の瞳が涙で潤みだす。
 淳にとって、自分の存在があまりにも軽い事を改めて突き付けられた。
 その出来事に同情してくれた、翔の優しさに縋りたくなる。それほどまでに、愛情に飢えている自分が哀れだと思えた。
 

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