だって、しょうがない
 ビジネスホテルの一室。ドアを開けた愛理は、カードキーを入り口脇のホルダーに差し込んだ。パッと部屋が明るくなり、エアコンの吹き出し口から流れて来た風が部屋に回り出す。16平米、セミダブルのベッドが置かれた狭い部屋。だけど、独りだと思うとホッとする。
 壁沿いにある括り付けのカウンターテーブルの大きな鏡の中には、サッパリとしたミディアムヘアにショコラブラウン髪色をした自分が微笑んでいる。
 黒く長い髪をアップにしていた時より、童顔の自分に似合って、ずっと若く見える。見慣れない自分の姿は別人になったような気がした。

「はーぁ、思い切って美容院に寄って良かった。すごーく癒された」

 窓際に置かれた一人掛け用の小さなソファーに腰を下ろし、スマホを取り出した。スマホの追跡アプリWatch quietlyを立ち上げ、赤い丸の居場所を確認する。

「淳は、実家に行っているのか……」

 浮気の証拠を見つけてやると、見守りカメラを設置した。けれど、いざ証拠を手に入れたら、自分は平気でいられるのだろうかと不安が過ぎる。
 自分から離婚を言い出すのは、実家のことを考えると言いにくい。かと言って、自分を裏切っている淳と見て見ぬふりを続けながら、生活を続けていくのは辛すぎる。
 八方塞がりな状態に、さっきまで、順調に行くと思っていた気持ちが、シュンとしぼんだ。
 
 スマホの画面をスワイプすると、トップ画面のアイコンが並ぶ。その中には、由香里が入れた出会い系サイトのアプリもあった。

「男なんていくらでもいる……か……」



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