だって、しょうがない
◇ ◇ ◇

「あらあら、今日はひとりなの? 愛理さんはどうしたの?」 

 平日の夕飯時に実家にひとりで現れた淳を見るなり、母親は心配そうな表情を向けた。
以前、来た時に愛理に嫌な思いをさせた後ろめたさから出た表情だ。それを見た淳はため息交じりに言葉を吐き出す。

「愛理は仕事で福岡に出張なんだ。ちゃんと仲直りしたから心配すんなよ。母さんのことも別になんにも言っていなかったから、大丈夫だよ」

 その言葉にホッとした母親は何かを思いついたように顔を上げた。

「あら、愛理さん福岡なの? 翔も今週福岡だって言っていたわ。向こうでばったり会っちゃったりして」

「えっ⁉ アイツも福岡なのかよ」

 思いがけない母親の言葉に淳は、落ち着きを失くしたように髪をしきりにかき上げた。
 母親はリビングへと足を進めながら、普段の調子が戻って来たのか、聞かれてもいないことを喋り続ける。

「なんでも新しいビルを建てる仕事を取れたとかで、最近、何回か福岡に行っているのよ。大手は大変よねぇ。出張ばかりで、ぜんぜん腰が落ち着かないんだから、結婚どころか誰かとつき合ってるって話も出ないのよね。もう少し、プライべートを考えて、翔もうちの会社で働けばいいのに」

「大手でしか出来ないやり甲斐のある仕事ってあるだろ? 恋人は母さんに、あれこれ聞かれるのが嫌で連れて来ないだけなんじゃねーの」

──翔は、昔から要領が良くなんでも上手くこなす。同じ職場で働いたら、跡継ぎで揉めることになりかねない。そんな面倒事はごめんだ。
 それにしても翔まで福岡に行ってるなんて……。
 まさか、向こうで愛理と会ったりしないよな……。

< 52 / 221 >

この作品をシェア

pagetop