だって、しょうがない
「ありえない、今度、結婚するって言っていたじゃない!」

 そう言って、愛理は手を振り上げ床を叩きつけた。
 行き場のない怒りは、手の痛みだけを残している。
 
──田丸製薬の御曹司と結婚すると誇らしげに招待状を渡してきた美穂が、まさか、淳の不倫相手だったなんて……。
 この前、女子会の時、麻美に絡まれている私を見て、あのふたり淳を取り合っていると、心の中で笑っていたのかもしれない。
 今まで、仲良くしていたと思っていたのに、夫だけではなく、友人にまで裏切られていたなんて、誰を信じていいのか分からない。
 
 洗面台に手を掛け、よろよろと立ち上がる。備え付けの鏡には、情けない顔の自分が映っていた。

 カランを押し上げ、冷たい水で口を濯いでから歯を磨き、顔を洗った。まだ、ドキドキと心臓が早く動いている。
 驚きすぎて涙も出てこない。
 心の中は、酷く空っぽだった。

 どんなに努力して、夫や親、友人のために尽くしても、いいように使われるだけで、誰からも大事にしてもらえない。
 そんな自分が情けなく思えて、胸の奥が重く淀んだ。

──両親は弟の事は大事にしても、「女は役に立たない」と自分にはきつく当たった。家庭を持っても結局、夫は他の女に心を寄せ、私は家政婦のように扱われている。そして、友人にさえも裏切られたんだ。
 
 愛されて育った人が持つ『自信』は人を魅了する力がある。けれど、誰からも愛されない自分には何もない。

「誰からも必要とされて居ないのに、なんで、誰かのために私は頑張っているんだろう……」

 気持ちが沈み込んだまま、バスルームから出ると、狭いシングルルームのテーブルの上にあるタブレットの画面には、お気に入りのソファーに腰をかけている淳の股間に顔を埋める美穂の姿があった。

 
 

 
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