だって、しょうがない
 至れり尽くせりの状態に感激していた愛理は、意外な北川の言葉に、信じられないとばかりに瞳を瞬かせた。

「やだな、鬱陶しいなんて、ぜんぜん思ってもみなかった。むしろ、有難いぐらい。このところ嫌な出来事ばかり続いて、心がしぼんでいたから、そのしぼんだ心にKENさん優しさが沁みて心地よくって……」

「そう、それなら良かった。世話焼きが祟って、だいぶ前に彼女に振られてから、軽くトラウマなんだ」

 そう言って、北川は焼酎をグイと煽り、テーブルの上にグラスを置くと、グラスの中の大きな氷が鈍い音を立てる。

「KENさんみたいな素敵な人を手放すなんて、今頃、後悔しているはず。世話好きなんて、私からしてみれば、放って置かれるよりも何倍も良いと思うだけどな」

 一瞬、淳のことが愛理の頭の隅に浮かんだ。それを打ち消すように優しい声が聞こえる。

「ははっ、素敵な人だなんて言ってもらえるんだ。それは、良かった。まあ、別れたのはそればっかりじゃないんだけど、それ以来、女性と付き合うのをためらってしまって……。今は自分のお店を持つためにストイックに過ごしているって言った方が、かっこいいかな?」

「目標に向かってストイックの方が聞こえがいいかも! それにしても自分の店かぁ。夢があって、いいなぁ」

「自分の店を出しても軌道に乗るまでどうなるかも分からないし、夢だけじゃ食べていけないんだけど、チャレンジしようと思って」

 未来の夢を語る北川が、今の愛理には羨ましいほど輝いて見える。

「目標に向かって、チャレンジなんて、ホント素敵」

 愛理の言葉に、一瞬驚きの表情を見せた北川が、相貌を崩し甘やかな笑顔を浮かべた。その笑顔に当てられたように頬を赤らめた愛理と北川の視線が絡む。
 グラスの中で解けた氷がカランと音を立てた。
 そして、北川の形の良い唇が動く。

「この後も一緒にいてくれる?」

 
 
 

 
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