だって、しょうがない
 お店を出ると、お鍋とお酒で温まった体にひんやりとした風が吹き、素肌から熱を奪う。
 すると、愛理の肩へふわりと北川のジャケットが掛かる。そのジャケットから残り香だろうか、ウッディアンバーがふわりと香り、まるで北川に抱きしめられているように感じられた。
 「行こうか」と手を差し出され、その上に自分の手を重ね夜の街を歩き出す。

お酒のせいばかりでなく、頬が熱く気持ちがフワフワとしている。
北川と過ごす時間は、ずいぶん昔に置き忘れていた胸のときめきを思い起こさせた。
 「妻」や「嫁」ではなく「女」として、見られているのを嬉しく思った。

──あのまま、ホテルの自分の部屋に籠って居たら、ネガティブな考えに陥っていたかもしれない。
 さっきはあれほど、ショックと悲しみで荒れていた気持ちが、今は穏やかに凪いでいる。これは必要な事だったんだ。

 愛理は自分に言い聞かせ、北川と手を繋いだまま、シティホテルのドアを潜り、ロビーを抜けフロントへ着いた。手続きを済ませた北川がルームキーを受け取り、ふたりで客室へ向かうエレベーターに乗り込んだ。



 東京から遠く離れた福岡で、愛理の警戒心は薄れていたのかもしれない。
 それを見られていたなんて、考えもしなかった。
 ましてや、写真に収められていたなんて……。
 

 
 



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