だって、しょうがない
 ただ、話しの流れで言っただけ、深い意味など無かったはずだ。それなのに北川の言葉に、一瞬大きく心臓が跳ねた。
 『福岡で暮らす』
 今まで漠然と、どこか海の近くで暮らしたいと思っていた。それなら、計画的に移り住むことを考えてもいいのかもしれない。
 けれど、迂闊な約束など出来ない。まだ、片付けなければいけない問題が山積みになっている。
 でも、北川から言われた魅惑的な言葉に心が揺れてしまう。

 愛理は、スッと息を吸い込み、浮き立つ気持ちを抑えた。

「すごい名案。いろいろ片付いたら、いつか福岡で暮らすのもいいかも。頑張って貯金しなくちゃ」

 わざと明るく振舞い、北川の言葉を否定せず、約束もしない。ただの会話として、受け流した。
 
 その様子を察した北川は、少し寂し気に手元へ視線を落とし呟く。

「ん、あいさんも頑張って、僕も頑張って自分の店を持つよ」

「……そうだね、お互いがんばろうね」

”全てが片付いたら引越して来るね” とか ”お店を持てたら必ず行くね”と出来ない約束をしたくなる。
 明日の昼までという期限付きの恋に胸の奥が切なく痛んだ。こみ上げる感情を笑顔でつくろう。
 けれど、その笑顔が泣き笑いのような表情になっていることに、愛理自身は気付けずにいた。

「あいさん……。無理して笑わなくていいんだ。悲しい時は、素直に悲しいって言わないと、ずっと無理をし続けることになるよ」



 


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