だって、しょうがない
 店から出て、ネオンの博多の街へと、ふたり並んで歩き出す。たくさんの人で賑わう通りには、仲睦まじく寄り添う男女の姿も見える。それぞれが悩みや虚ろい事を抱えているはずなのに、楽しそう。この中のどれだけの人が不倫をしているんだろうと、愛理はぼんやり思った。


──最後の夜。

 許される関係ではないのだから、終わりが来るのは仕方がないと、頭でわかっているのに、心の中に切なさが降り積もる。
 そんな愛理の気持ちを察したかのように、北川が手を差し出した。その大きくて優しい手に、自分の手を重ねる。すると、節のある指が細く柔らかな指を絡め取り、恋人繋ぎになった。

 背の高い北川を見上げた愛理の瞳に、アッシュグレーの髪の後ろに淡く輝く月が浮かんでいるのが映る。
 そのコントラストが、月を見るたびに北川を思い出してしまいそうなくらい美しく感じられた。

 写真の代わりに、胸に刻み込むように瞼を閉じ、残された僅かな時間が永遠に続けばいいと、叶わぬ願いを月に捧げる。

「あいさん、どうしたの?」

 その声で瞼を開くと、少し眉をひそめた北川の心配そうな瞳が愛理を見つめていた。

「ううん、なんでもない」

そう言って、首を横に振り、繋いだ手の温かみを確かめるようにギュッと握り返す。

やがて、シティホテルにたどり着く。
先日の夜のようにエントランスを抜け、フロントでルームキーを受け取ると、客室へ向かうエレベーターに乗り込む。
 浮遊感のある狭い箱の中で、また、指と指を絡めた。
 


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