だって、しょうがない
 ホテルの部屋のドアを閉じれば、ふたりだけの空間になる。
 愛理は、待ちきれないばかりに、北川の首へ縋るように腕をまわす。

「あいさん」

 名前をつぶやき、愛理の腰を抱き寄せた、形の良い北川の唇が近づく。ウッディーアンバーのラストノートに鼻腔をくすぐられ、魅惑的な香りに包まれながら、温かな唇が重なる。
 それだけで頭の中が痺れるような感覚に愛理は囚われた。
 
 チュッと音を立てて、唇が離れた。
 途端に置いてきぼりをされたような不安に襲われて、そっと、瞼を開くと北川の優しい瞳が愛理を覗き込んでくる。

「あいさん……」

 愛おし気に呟いて、愛理の背中にまわした腕に力を込める。それに応えるように広い胸に頬を寄せると、少し早く動く心臓の音が、自分の鼓動と重なり合って聞こえる。

 顔を上げると唇が触れ合い、北川の舌が愛理を誘う。甘く呼びかけられ、おずおずと舌を出す。すると、絡め取るように舐め上げられ、その感触にゾクリと快感が背中を走り抜けた。

「んっ……」

 まだ、キスしかしていないのに鼻に掛かった声が漏れてしまう。
 交わす口づけは甘い媚薬のように愛理を蕩けさせた。

 深酒の酩酊にも似た感覚は、期限付きの恋のせいなのかもしれない。
 
 北川の指が愛理の髪を梳き、後頭部を押える。身動きをとれずに深くなった口づけは、息をするのも歯がゆさが伴う。その感覚に愛理は酔いしれていた。

 
 

 
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