だって、しょうがない
 愛理は、そっとベッドから起き上がった。
 薄暗い部屋の中、わずかな明かりを頼りにそろそろと歩き出すと、ベッドへ振り返る。北川は安らかな寝息を立てていた。そのことにホッと息をついて、身支度を整え始める。

 そして、部屋に備え付けられていたメモ用紙を見つけると、ランプシェードの仄かな明かりの下で、文字を走らせ始めた。
『すべてのことが、片付いたら、また……』と書きかけたところでペンが止まる。
 愛理は、メモ用紙を引きちぎり、ゴミ箱へ捨てた。そして、気を取り直し、書き始める。

『ありがとう。元気をたくさんもらいました。空港で見送ってくれると言ってたけれど、ここでお別れします。もしも、3度目の偶然があったら、運命だと思う』

 そこまで書くと、ジワリと涙が浮かび、鼻の奥がツンと痛む。
 グッと奥歯を噛みしめて、立ち上がると、再びベッドへと視線をもどした。

 薄暗い部屋の中、眠っている北川の顔をまぶたに焼き付けるように見つめ、細く息を吐くと、音を立てないように歩き出し、部屋のドアに手をかけた。

 ホテルの廊下に出て、ドアを閉じる。カチリと無機質な音がしてオートロックが施錠される 。
愛理は名残惜しむようにドアに額を寄せ、目を瞑り「ありがとう」と小さくつぶやいた。

耐え切れず一筋の涙が頬を伝う。手のひらで、頬を拭い歩き始める。

 
 
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