神の花嫁~伝承されない昔噺~
創造神を信仰するバルス聖国には、癒しの力をもつ聖女が出現し、代々『神の花嫁』と呼ばれておりました。
今代の聖女の名前はエスメ――代替わりを来年に控えた、19歳の少女です。
歴代聖女の中でも傑出した癒しの力をもち、数百人もの怪我人や病人をまとめて回復させることができました。
「聖女エスメの力があれば、わが軍に怖いものなどない」
その力をあてにした軍部は、大陸の覇者であるカイゼン帝国へ戦いを挑みます。
倒しても倒しても不死者のように蘇ってくるバルス聖国の兵士たちに、初めはカイゼン帝国も怯みます。
しかしついに、それが聖女の癒しの力によるもので、さらには聖女は穢されると力を失うことを突き止めるのです。
「聖女を穢す密命を、引き受ける者はいるか? 成功した暁には皇帝陛下より、爵位が授与される」
神罰を恐れて多くの者が尻込みをする中、真っ先に手を挙げたのは騎士ロナルドです。
ロナルドには意中の貴族令嬢がいて、求婚するためにどうしても爵位が欲しかったのです。
ロナルドは闇夜にまぎれて、聖女が暮らす部屋へと忍び込みました。
「どなたですか?」
侵入者に気がついたエスメが、震えた声を出します。
かすかな月明りに映し出された銀髪と、潤んだ紫水晶の瞳を見て、逆にロナルドの熱は昂りました。
(これからこの女を、俺の好き放題にしていいのか)
そして欲望のまま、寝台の上にエスメを押し倒し、乱暴を働いたのです。
「これ以上、癒しの力をつかわれては困るんだ」
処女を奪った後も、ロナルドは執拗にエスメを犯しました。
『神の花嫁』を穢す行為に、異様な興奮を覚えたのです。
「やめて……もう、いや……!」
夜が明けるまで致された蛮行により、エスメは聖女ではなくなりました。
力がなくなった聖女を、軍部は追い出します。
「この役立たずめ!」
身寄りもないエスメがとぼとぼ歩いていると、誰かから石を投げつけられました。
これまで聖女として、敬われたことしかなかったエスメは驚きます。
「お前のせいで、父ちゃんはいつまでたっても戦場から帰ってこない!」
犯人は、小さな子どもでした。
エスメが癒しの力をつかうので、負傷しても兵士は家には戻れません。
繰り返し繰り返し、戦いへと連れ戻されるのです。
「そんなつもりでは……」
そのうち子どもだけでなく、息子や兄弟や恋人を徴兵された民たちが、罵声を浴びせてきました。
「あの子を返して!」
「戦争が始まったのは、癒しの力のせいだ!」
「なにが『神の花嫁』よ!」
過熱した民の一部が暴走し、狼狽えるエスメを捕えます。
「こいつがいなくなれば、戦争は終わる!」
エスメは広場へと引きずって行かれ、大きな樹に括りつけられました。
そして制裁と称して、男たちに代わる代わる輪姦されたのです。
「聖女のくせに処女じゃないぞ」
「とんだ尻軽だ!」
「俺たちのが勃ちっぱなしなのは、癒しの力のせいか?」
ぎゃはは、と下品な笑い声が青空に響きます。
エスメは泣いて許しを乞いましたが、誰もそれを聞いてくれません。
三日三晩の狂乱の後、エスメは儚く命を落としました。
「いい気味だ」
男たちは捨て台詞を残し、エスメの遺体をそのまま放置します。
風雨にさらされ朽ちていく死骸からは、なぜか白い花が咲きましたが、それを気にする者はいませんでした。
◇◆◇◆
その頃のカイゼン帝国では、子爵位を賜ったロナルドが男爵令嬢のアンシェラと結婚し、初めての夜を迎えていました。
騎士だったロナルドの片思いから始まった身分違いの恋が、いよいよ実を結ぼうというときにそれは起こります。
「ひぃ! また私を襲うのですか!?」
「アンシェラ? どうしたというのだ?」
初々しい花嫁らしく、頬を染めて恥じらっていたアンシェラが、急にロナルドを怖れだしたのです。
広い寝台の上を、四つ這いになって逃げるアンシェラを、ロナルドは追いかけます。
「待つんだ、アンシェラ!」
「やめて、私は『雌豚』じゃありません!」
その言葉に、ロナルドは覚えがありました。
清らかだった聖女エスメの白い尻を平手で叩き、赤く腫れあがったところへ唾棄したロナルドは、背後から挿抜しながらこう罵倒したのです。
『この雌豚が!』
ガタガタと震えている新妻のアンシェラが、どうしてそれを知っているのでしょうか。
拒むアンシェラを無理やり抱くことは出来ず、代わりにロナルドは医師を呼びました。
「どうやら奥さまには、別の人格が憑依しているようです」
ロナルドの脳裏に、神罰という文字が浮かびました。
アンシェラの中にいるのは、間違いなく聖女だったエスメです。
悩んだ末に、ロナルドは上司へ相談しました。
「切り捨てよ」
しかし、回答はあっけないものでした。
長らく恋慕して、ようやく手中に収めたアンシェラを、ロナルドは諦めきれません。
隙あらばロナルドから逃げだそうとするアンシェラを仕方なく拘束し、エスメの人格だけを追い出そうと試みました。
「俺のアンシェラを返せ!」
数日の間は、ロナルドも正常でいられました。
アンシェラを取り戻したい一心で、エスメへの対応が段々と手荒になっていくと、ロナルドの中で何かがふつふつと湧き上がってきたのです。
「また凌辱されたくなければ、アンシェラの中から出て行くんだ!」
「助けて! 誰か!」
アンシェラは男爵令嬢でした。
そんな高貴な女性が髪を振り乱し、金切り声で叫ぶなど、あるまじき事態です。
その様子に、眠っていたロナルドの嗜虐心に火がつきます。
(これはアンシェラではない。責めの手を緩めてはならない)
ロナルドは自分に言い聞かせ、その激情をエスメへとぶつけました。
細い首へ掌を這わせ、とくとくと脈打つ血管を太い指で押さえます。
「殺されたくはないだろう?」
すでに一度、死んでいるエスメにとって、それは脅しにはなりませんでした。
「こんな恐ろしい世界からは、いなくなりたい……早く、神様の御許へおつれください」
「くそっ!」
思い通りにいかないあまり、ロナルドは頭に血を登らせます。
「だったら望み通りにしてやる!」
びりびりと破り捨てたのは、ロナルドがアンシェラに贈った清楚なネグリジェでした。
いまだ清らかなはずのアンシェラの体ですが、そこへ宿っているのはすでに男を知るエスメです。
侵されまいと固く太ももを閉じますが、それをロナルドはいとも容易く開きました。
「みだりがましい聖女め! こうして欲しくて、俺の元へ舞い戻って来たのだろう!」
ロナルドは狙いを定めると、ズドンと腰を打ちつけます。
未開の地だったアンシェラの股座からは、血が流れました。
「これで満足か!?」
悲鳴をあげるアンシェラの口を、ロナルドは唇で塞ぎます。
そして這わせたままだった掌で、ゆるゆると首を絞め始めました。
びくりびくりと震えるアンシェラの体に、ロナルドは性的な気分が高揚していきます。
パン、パン、パン!
ロナルドの立てる打擲音は、いつまでも鳴りやみません。
エスメの精神が宿るアンシェラの体は、逃げを打ってもがき、そのたびにロナルドから組み敷かれます。
「……っ!」
頂点に達した瞬間、ロナルドは全身を震わせました。
愛するアンシェラの中に放つ喜びに、涙まで流れました。
「ろ、にー……?」
そのとき、微かにかすれて聞こえたのは、アンシェラだけに呼ぶことを許したロナルドの愛称です。
アンシェラの体にアンシェラの精神が戻ってきたのでした。
「アンシェラ!」
歓喜したロナルドは、アンシェラの顔を覗き込みます。
しかし、そこにあったのは、すでに命の光が失われた暗い瞳だけです。
「アンシェラ?」
アンシェラの呼吸は止まっていました。
びゅるびゅると精子を放ち終わるまで、ロナルドが首に回した掌に、力を込め続けていたせいでした。
「……っ! アンシェラ!!」
いくら嘆き悲しもうと、アンシェラは生き返りません。
わあわあと泣き続けた結果、ロナルドは己の心臓に短剣を突き立てました。
◇◆◇◆
癒しの力が失われたバルス聖国では、次代の聖女探しが行われていました。
エスメの任期は残り一年だったので、そろそろ現れてもおかしくない頃合いです。
しかし、戦況が厳しくなり、多くの兵士が死に、領土が削られても、見つかりません。
「このままでは、カイザン帝国に敗けてしまう」
軍部も民も、そう考えました。
でもそれは思い違いでした。
エスメが捨て置かれた場所に芽吹いた白い花が、国中に繁茂していきました。
それに合わせて、少しずつ人が死んでいきました。
最初はなぜなのか、原因が分かりませんでした。
その内、誰かが気づいたのです。
「この白い花のせいじゃないか?」
但し、手遅れでした。
もうバルス聖国には、ほとんど人が残っていません。
神の花嫁であるエスメに手を出したカイザン帝国も、例外ではありません。
白い花は国境を越え、遠くの地までその種を飛ばしました。
◇◆◇◆
さわさわと枝をそよがせる大樹のふもとに、ひとりの男性が立っています。
白い髪、赤い瞳、この世の者とは思えぬ美貌。
そっと屈むと、咲き乱れる白い花の下から、苔むしたしゃれこうべを持ち上げました。
「可哀そうに。今回もまた、お前の魂は救われなかったのか」
『痛い……怖い……嫌い……』
「すっかり穢れてしまって、このままでは、私の花嫁にはなれそうにないな」
丸い骨を撫でる手つきには、慈しみが込められていました。
「世界をつくりかえよう。次こそ、お前にとって優しい世界でありますように」
その呟きと同時に、遠くで地響きがしました。
ゴゴゴゴゴ……
どこかで、何かが崩れているのです。
男性の耳には、助けを求める人々の声も届いています。
しかしそれは男性にとって、そよ風のようなものでした。
「どうして人は、こうも愚かなのだろうな。たった一人、『神の花嫁』を幸せにするだけで、世界は継続するというのに」
もう何度、崩壊と構築を繰り返したことでしょう。
神の花嫁が蹂躙されるたび、こうして世界は更新されてきました。
「ゆっくりおやすみ。次に目覚めたときは、新しい世界が始まっているからね」
『神様……』
傷ついた魂は、わずかな眠りにつきます。
「お前が嫁いでくるのを、私はいつまでも待っているよ」
男性が手の中の骸骨に口づけを落とすと、世界は砂のように流れ落ちていきました。
今代の聖女の名前はエスメ――代替わりを来年に控えた、19歳の少女です。
歴代聖女の中でも傑出した癒しの力をもち、数百人もの怪我人や病人をまとめて回復させることができました。
「聖女エスメの力があれば、わが軍に怖いものなどない」
その力をあてにした軍部は、大陸の覇者であるカイゼン帝国へ戦いを挑みます。
倒しても倒しても不死者のように蘇ってくるバルス聖国の兵士たちに、初めはカイゼン帝国も怯みます。
しかしついに、それが聖女の癒しの力によるもので、さらには聖女は穢されると力を失うことを突き止めるのです。
「聖女を穢す密命を、引き受ける者はいるか? 成功した暁には皇帝陛下より、爵位が授与される」
神罰を恐れて多くの者が尻込みをする中、真っ先に手を挙げたのは騎士ロナルドです。
ロナルドには意中の貴族令嬢がいて、求婚するためにどうしても爵位が欲しかったのです。
ロナルドは闇夜にまぎれて、聖女が暮らす部屋へと忍び込みました。
「どなたですか?」
侵入者に気がついたエスメが、震えた声を出します。
かすかな月明りに映し出された銀髪と、潤んだ紫水晶の瞳を見て、逆にロナルドの熱は昂りました。
(これからこの女を、俺の好き放題にしていいのか)
そして欲望のまま、寝台の上にエスメを押し倒し、乱暴を働いたのです。
「これ以上、癒しの力をつかわれては困るんだ」
処女を奪った後も、ロナルドは執拗にエスメを犯しました。
『神の花嫁』を穢す行為に、異様な興奮を覚えたのです。
「やめて……もう、いや……!」
夜が明けるまで致された蛮行により、エスメは聖女ではなくなりました。
力がなくなった聖女を、軍部は追い出します。
「この役立たずめ!」
身寄りもないエスメがとぼとぼ歩いていると、誰かから石を投げつけられました。
これまで聖女として、敬われたことしかなかったエスメは驚きます。
「お前のせいで、父ちゃんはいつまでたっても戦場から帰ってこない!」
犯人は、小さな子どもでした。
エスメが癒しの力をつかうので、負傷しても兵士は家には戻れません。
繰り返し繰り返し、戦いへと連れ戻されるのです。
「そんなつもりでは……」
そのうち子どもだけでなく、息子や兄弟や恋人を徴兵された民たちが、罵声を浴びせてきました。
「あの子を返して!」
「戦争が始まったのは、癒しの力のせいだ!」
「なにが『神の花嫁』よ!」
過熱した民の一部が暴走し、狼狽えるエスメを捕えます。
「こいつがいなくなれば、戦争は終わる!」
エスメは広場へと引きずって行かれ、大きな樹に括りつけられました。
そして制裁と称して、男たちに代わる代わる輪姦されたのです。
「聖女のくせに処女じゃないぞ」
「とんだ尻軽だ!」
「俺たちのが勃ちっぱなしなのは、癒しの力のせいか?」
ぎゃはは、と下品な笑い声が青空に響きます。
エスメは泣いて許しを乞いましたが、誰もそれを聞いてくれません。
三日三晩の狂乱の後、エスメは儚く命を落としました。
「いい気味だ」
男たちは捨て台詞を残し、エスメの遺体をそのまま放置します。
風雨にさらされ朽ちていく死骸からは、なぜか白い花が咲きましたが、それを気にする者はいませんでした。
◇◆◇◆
その頃のカイゼン帝国では、子爵位を賜ったロナルドが男爵令嬢のアンシェラと結婚し、初めての夜を迎えていました。
騎士だったロナルドの片思いから始まった身分違いの恋が、いよいよ実を結ぼうというときにそれは起こります。
「ひぃ! また私を襲うのですか!?」
「アンシェラ? どうしたというのだ?」
初々しい花嫁らしく、頬を染めて恥じらっていたアンシェラが、急にロナルドを怖れだしたのです。
広い寝台の上を、四つ這いになって逃げるアンシェラを、ロナルドは追いかけます。
「待つんだ、アンシェラ!」
「やめて、私は『雌豚』じゃありません!」
その言葉に、ロナルドは覚えがありました。
清らかだった聖女エスメの白い尻を平手で叩き、赤く腫れあがったところへ唾棄したロナルドは、背後から挿抜しながらこう罵倒したのです。
『この雌豚が!』
ガタガタと震えている新妻のアンシェラが、どうしてそれを知っているのでしょうか。
拒むアンシェラを無理やり抱くことは出来ず、代わりにロナルドは医師を呼びました。
「どうやら奥さまには、別の人格が憑依しているようです」
ロナルドの脳裏に、神罰という文字が浮かびました。
アンシェラの中にいるのは、間違いなく聖女だったエスメです。
悩んだ末に、ロナルドは上司へ相談しました。
「切り捨てよ」
しかし、回答はあっけないものでした。
長らく恋慕して、ようやく手中に収めたアンシェラを、ロナルドは諦めきれません。
隙あらばロナルドから逃げだそうとするアンシェラを仕方なく拘束し、エスメの人格だけを追い出そうと試みました。
「俺のアンシェラを返せ!」
数日の間は、ロナルドも正常でいられました。
アンシェラを取り戻したい一心で、エスメへの対応が段々と手荒になっていくと、ロナルドの中で何かがふつふつと湧き上がってきたのです。
「また凌辱されたくなければ、アンシェラの中から出て行くんだ!」
「助けて! 誰か!」
アンシェラは男爵令嬢でした。
そんな高貴な女性が髪を振り乱し、金切り声で叫ぶなど、あるまじき事態です。
その様子に、眠っていたロナルドの嗜虐心に火がつきます。
(これはアンシェラではない。責めの手を緩めてはならない)
ロナルドは自分に言い聞かせ、その激情をエスメへとぶつけました。
細い首へ掌を這わせ、とくとくと脈打つ血管を太い指で押さえます。
「殺されたくはないだろう?」
すでに一度、死んでいるエスメにとって、それは脅しにはなりませんでした。
「こんな恐ろしい世界からは、いなくなりたい……早く、神様の御許へおつれください」
「くそっ!」
思い通りにいかないあまり、ロナルドは頭に血を登らせます。
「だったら望み通りにしてやる!」
びりびりと破り捨てたのは、ロナルドがアンシェラに贈った清楚なネグリジェでした。
いまだ清らかなはずのアンシェラの体ですが、そこへ宿っているのはすでに男を知るエスメです。
侵されまいと固く太ももを閉じますが、それをロナルドはいとも容易く開きました。
「みだりがましい聖女め! こうして欲しくて、俺の元へ舞い戻って来たのだろう!」
ロナルドは狙いを定めると、ズドンと腰を打ちつけます。
未開の地だったアンシェラの股座からは、血が流れました。
「これで満足か!?」
悲鳴をあげるアンシェラの口を、ロナルドは唇で塞ぎます。
そして這わせたままだった掌で、ゆるゆると首を絞め始めました。
びくりびくりと震えるアンシェラの体に、ロナルドは性的な気分が高揚していきます。
パン、パン、パン!
ロナルドの立てる打擲音は、いつまでも鳴りやみません。
エスメの精神が宿るアンシェラの体は、逃げを打ってもがき、そのたびにロナルドから組み敷かれます。
「……っ!」
頂点に達した瞬間、ロナルドは全身を震わせました。
愛するアンシェラの中に放つ喜びに、涙まで流れました。
「ろ、にー……?」
そのとき、微かにかすれて聞こえたのは、アンシェラだけに呼ぶことを許したロナルドの愛称です。
アンシェラの体にアンシェラの精神が戻ってきたのでした。
「アンシェラ!」
歓喜したロナルドは、アンシェラの顔を覗き込みます。
しかし、そこにあったのは、すでに命の光が失われた暗い瞳だけです。
「アンシェラ?」
アンシェラの呼吸は止まっていました。
びゅるびゅると精子を放ち終わるまで、ロナルドが首に回した掌に、力を込め続けていたせいでした。
「……っ! アンシェラ!!」
いくら嘆き悲しもうと、アンシェラは生き返りません。
わあわあと泣き続けた結果、ロナルドは己の心臓に短剣を突き立てました。
◇◆◇◆
癒しの力が失われたバルス聖国では、次代の聖女探しが行われていました。
エスメの任期は残り一年だったので、そろそろ現れてもおかしくない頃合いです。
しかし、戦況が厳しくなり、多くの兵士が死に、領土が削られても、見つかりません。
「このままでは、カイザン帝国に敗けてしまう」
軍部も民も、そう考えました。
でもそれは思い違いでした。
エスメが捨て置かれた場所に芽吹いた白い花が、国中に繁茂していきました。
それに合わせて、少しずつ人が死んでいきました。
最初はなぜなのか、原因が分かりませんでした。
その内、誰かが気づいたのです。
「この白い花のせいじゃないか?」
但し、手遅れでした。
もうバルス聖国には、ほとんど人が残っていません。
神の花嫁であるエスメに手を出したカイザン帝国も、例外ではありません。
白い花は国境を越え、遠くの地までその種を飛ばしました。
◇◆◇◆
さわさわと枝をそよがせる大樹のふもとに、ひとりの男性が立っています。
白い髪、赤い瞳、この世の者とは思えぬ美貌。
そっと屈むと、咲き乱れる白い花の下から、苔むしたしゃれこうべを持ち上げました。
「可哀そうに。今回もまた、お前の魂は救われなかったのか」
『痛い……怖い……嫌い……』
「すっかり穢れてしまって、このままでは、私の花嫁にはなれそうにないな」
丸い骨を撫でる手つきには、慈しみが込められていました。
「世界をつくりかえよう。次こそ、お前にとって優しい世界でありますように」
その呟きと同時に、遠くで地響きがしました。
ゴゴゴゴゴ……
どこかで、何かが崩れているのです。
男性の耳には、助けを求める人々の声も届いています。
しかしそれは男性にとって、そよ風のようなものでした。
「どうして人は、こうも愚かなのだろうな。たった一人、『神の花嫁』を幸せにするだけで、世界は継続するというのに」
もう何度、崩壊と構築を繰り返したことでしょう。
神の花嫁が蹂躙されるたび、こうして世界は更新されてきました。
「ゆっくりおやすみ。次に目覚めたときは、新しい世界が始まっているからね」
『神様……』
傷ついた魂は、わずかな眠りにつきます。
「お前が嫁いでくるのを、私はいつまでも待っているよ」
男性が手の中の骸骨に口づけを落とすと、世界は砂のように流れ落ちていきました。