願わくば、再びあなた様と熱い口づけを。
葵の水揚げの際、見世に火を放ち、混乱に乗じて十五が葵を連れ出して逃げます。
それを煌之介が手引し、この廓から脱出するというのです。
火消しの装束を着て大門を突破します。
そんな計画を立てていることを知り、私の想像の域を超え、頭から情報が溢れ出ておりました。
目がぐるぐると回り、こめかみをおさえているとそれに気づいた煌之介が十五の口を止めます。
そして私の隣まで歩み寄ると、するりと火傷のない白い頬を撫でてきました。
「大丈夫か?」
「大丈夫、です」
「あざみ。俺は十五に幸せになってほしいんだ。世界の広さを知ってほしい」
「……私は何をすればいいのでしょう」
わざわざ私を入れてこの話をしたということは、何かしらを私にしてほしいということ。
たくさんの情報が溢れていたが、それだけは私にも理解することが出来ました。
煌之介は嬉しそうに口角を上げると手を伸ばし、私の身体を抱きしめました。
「あざみ、お前さんを巻き込むつもりはねぇ。ただ、万が一楼主が気づいたら足止めをしてほしい。それだけだ」
「……わかりました」
私は煌之介に頬ずりをすると目を閉じ、静かに吐息をつきました。
強く抱きしめてくる煌之介の背中に、私は手を回すことが出来ませんでした。
この抱擁に愛はないと知っていたからです。
はじめて強く触れられましたが、それを気付かれないように拒絶するのでした。
それから話は終わり、十五が部屋から出ていくといつも通り、私たちは雑談を繰り返し、夜を過ごしていきました。
この計画がいつ行われるのかは知らず、私はいつか訪れるその時を待っていました。
ですがその時が訪れることはありませんでした。
十五と葵が見世から逃げ出し、二人は楼主に捕まり引き離されました。
葵は見せしめに激しい折檻を受け、十五は拷問と折檻により命を落とすこととなったのです。
魂が抜けたようにただ見世で過ごす葵を見て、私はこの苦界では夢を見ることも許されないのだと改めて感じさせられるのでした。
それからしばらく経っても煌之介は現れませんでした。