願わくば、再びあなた様と熱い口づけを。


煌之介は燃える松明を地面に落とし、一筋の涙を流し、私の前へと歩み寄ります。

ふらつく足取りの煌之介を支えるように私は抱きしめると、喉の奥がつまる想いを握りしめました。

煌之介は言葉を詰まらせながら私を抱きしめ、想いを吐き出しました。


「あいつらの幸せを奪ったこの見世が……この廓が……許せなかった」


本来ならば葵の水揚げの日、十五が炎の中葵を連れ出してこの苦界から抜け出すはずであった。

だが十五は死に、その夢物語は叶いませんでした。

取り残された私たちには虚しい想いだけが残りました。




私たちが抱きしめあっている間にも火は燃え広がり、あたりを包んでいきます。

その火に見世の者たちも気づき、悲鳴や怒声が見世の中を飛び交いました。

煌之介の涙を見た私の心は定まっておりました。

これがこの苦界で生きた女郎の抵抗劇だと思えば、火の女として生きた甲斐があるというもの。

私は煌之介を突き飛ばし、落ちた松明を拾うと大きな声で叫びました。



「すべて燃えてしまえばいい! こんな苦界で生きるくらいならば燃えてしまえ!!!」

「あざみ……」


目を見開き、地面に座り込む煌之介を私は一瞥します。

炎は容赦なく大きくなっていき、視界は揺れ、呼吸も乱れていきます。

私は溢れ出す涙を拭い、煌之介に背を向けると言葉を吐き捨てました。



「こんな炎の中なら一人や二人、女郎が消えてもおかしくありません。さっさと行ってくださいな」



ですが煌之介は行こうとせず、立ち上がると私の手を掴み、握りしめます。


「お前さんも行くんだ! あざみ!」


その言葉だけで私はまだ希望を持てました。

火の女と罵られ、誰の視界にも入らず、孤独に死を受け入れるしかない人生だと思っておりました。


あの黒いどぶの中で人生を終えていたはずの私が、誰かを愛して、愛される喜びを知ることが出来たのです。

だから私の選ぶ道は間違っていないと思うのです。

私は煌之介を振り払い、松明を持って駆け出していきます。


見世の外に出ると火事から避難した楼主や女郎たちが目の前の炎を前に立ちすくんでおりました。


それを見て私は口角をあげると、松明を持った手を振り回し、言葉にならない叫びを発しながら見世の中へと戻っていきます。


前も後ろも炎に包まれ、私は手に持っていた松明を落とすとその場に崩れるようにして座り込みます。


大きな亀裂の入る音が聞こえ、私は天井を見上げます。


天井は崩れ落ち、火を纏った板が勢いよく私に襲いかかってきました。

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