願わくば、再びあなた様と熱い口づけを。


「葵。お前の初客が決まったぞ」


「え……」


主の言葉に私の心臓は大きな音をたて、喉の奥が詰まるような感覚を味わいました。


呼吸は止まり、続く主の言葉が耳に入ってきませんでした。



「正直、お前を買ったときはどうなるかと思ったが良き方へと向かってくれた。異国の血が混じる女なんぞ前例にないから、その物珍しさにお客がどう反応するかわからなかった。だがお前の水揚げという人がたくさん出てな……ようやく決まったのだよ」



水揚げとは一人前の遊女として客と寝所を共にし、はじめて身を売ることをさします。


いつその日が訪れるのかを不安に思っていた私は、いざ現実を突きつけられると呼吸さえ困難になってしまいました。


青ざめた顔で主を見つめ、背中を伝う嫌な汗を感じながら私は口を開きます。



「……それは、もう皆が知っているのでしょうか?」


「あぁ、皆知っている。そういえばお前が入ってもう十年が経つのぉ。入ったばかりのお前さんは十五に懐いていたな。もちろん、このことは十五も知っておるぞ」



あぁ、もうあの人は知っていた。


いつからか、十五が私を見る目が変わっていました。

なるべく私といることを減らそうと避けられていることにも気づいていました。



もし今、この場に十五がいたならば私は壊れていたかもしれません。

私は人形のように青白い顔で笑みを浮かべ、手をついて主に礼をしました。

部屋を出てからは涙が塞き止められず、袖で顔を隠し、遊郭から飛び出します。



走って走って走って……私は遊郭界隈の唯一の出入り口である門の近くまで行くとそれを睨みつけます。

母の手を離れたあの日からこの外に出ることは許されない身となりました。

それでも十五がいたから私は孤独を感じずに生きてこれました。

売られたばかりの頃は自分の置かれた身をよくわかっておらず、報われない想いを抱くことに躊躇はありませんでした。

どうして私は十五に触れることが許されないの。

どうして私は十五を愛してしまったの。



答えはわかっているのに何故と問うことしか、今の私には出来ませんでした。
< 5 / 34 >

この作品をシェア

pagetop