死神?・・は・・・私の・・・?
フワッと身体が浮いて壁をすり抜け、いつの間にか見知った7階の食堂・・・その横の休憩室の前に移動していた。
『ここです。二人はこの部屋にいますよ。夜にこんなところに人来ないですよね・・・いい場所だ。・・・さてと、本当に見るのですね?』
『・・・はい。』
『ではどうぞ。あちらからあなたは見えませんから、好きなだけ見てきてください。僕が背中押すとこの壁を通り抜けられますからね。』
『あなたは行かないの?』
『僕はそんな無粋なことはいたしません。人の情事を見るなんて・・・。そうそう、戻りたくなったら後を向けば僕のところに戻れます。いいですか、いきますよ・・・』
死神は私の背中をトン!と押した。すると何の抵抗も感ぜずに私の身体は休憩室の中にあった。

そこでは亨と・・・女が・・・抱き合っていた。それも亨の膝の上で・・・真っ最中だった。
女は・・・林田副婦長・・・彼女はいつもと違ってメガネを外し、お団子にしている髪をおろし、胸をあらわにして・・・なんとも妖艶だった。亨も・・・
― 亨の・・・あんな顔見たことない・・・ウソ・・・
― 林田副婦長だなんて・・・あんなに・・・
― イャ!  イャー!!
思わず目をつむり後ろを向いた。

『おや・・・随分とお早いお帰りで。』
死神の声がして、目を開けると病室に戻っていた。
『流石に見ていられなかった・・・ってことか・・・そりゃそうですよね。見るもんじゃない。旦那の情事なんてね・・・もう、イイですね?』
『何で・・・4年以上こんな関係だったということ・・・ずっと私は亨に騙されていた。そういうことですよね。もう・・・イャ・・・死にたい・・・』
『大丈夫です。お望み通りもうすぐあなたは死にますから・・・』
『ちょっと、ちょっと待ってください。死にたくないです。どうにかしてください。』
『死にたいと言ったり、死にたくないと言ったり、いったいどっちなんですか? それに・・・僕は既にあなたの最後の願いを一つ叶えました。だからもう願いを叶えてあげることは出来ません。』
『願いが一つだけ叶えられるなんて聞いていません。そういうことは前に行ってもらわないと・・・』
『あなたはめんどくさい人ですね・・・このまま生きていても辛いだけですよ。死んでスッキリしませんか。それでも生きていたいですか?』
『はい。』
『ふーん・・・辛いだけだと思いますけどねー・・・』
死神は、キッと見開いた目で睨んでいる麗香をマジマジと見た。
『そうですか・・・それでもどうしてもということであれば・・・もう一つだけあなたが生き延びる手立てがあります。』
『何ですか? 教えてください。』
死神は麗香の方に近づいてきて、腰をかがめ顔を覗き込んだ。
麗香は死神の水晶玉みたいなグレーで冷たくてそれでいてなにか吸い込まれるような目にくぎ付けになった。
『僕と契約することです。』
死神は麗香の耳元で小声で言った。麗香はその少し低く響く不思議な声にゾワッとした。
『契約? どんな契約ですか?』
『フッ・・・また質問ですか・・・あなたはさっきから質問攻めですね。なんでも聞けば教えてくれると思っている。困ったもんだ。でも説明しましょうね。えーっと、契約内容は簡単にいうと僕に死人を提供することです。ああ、ちょっと違うな。死人になり得る人を紹介することです。』
『えっ?・・・』
『ここは病院だ。そういう人はいっぱいいるでしょ。』
『でも、それは出来ません。私は医者ですから・・・治すことが使命ですから・・・』
『じゃあ、これで話は終わりです。あなたが死んでください。』

  イズミダレイカ ノ セイゾンジカン ハ 30フン
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