壮麗の大地ユグドラ 芳ばし工房〜Knight of bakery〜①
第十一話 marry
これは、シグリッドとアイリスが恋仲になって一年半が経過しようとしていた頃の話し。
相変わらず、ノアトーン騎士団に詰めてばかりのシグリッドだったが、アイリスと会う日を重ねる度に、柔和な彼女の存在は、彼にとってかけがえのないものになっていった。
そんなある日の騎士団詰め所。
第二槍騎士団団長のペレスが、一人、鍛錬を行って来ると出て行ったシグリッドの姿を探し中庭を訪れた。
そこには、同じ詰め所に身を置く他団の騎士達が思い思いに過ごしている姿も疎らに見え、武器を手に野試合を行う者、はたまた遠征から戻り、ひと時の休息を取る者など様々だった。
いつもの風景の中に視線を巡らせたペレスは、詰め所内の廊下へ続く、傾斜の緩い階段に腰かけた目的の人物を見つけ、ふっと憂いた笑みを浮かべる。
槍を肩に預け、立てた片膝に己の肘を乗せて頬杖をついたシグリッドは、ぼんやりとした様子で、とある方向を見詰めていた。
ペレスは、その視線の先にあるのが、騎士同士で契りを交わした者達であるのを見ると、何となく彼の心情を察することが出来、歩み寄った。
「最近、物思いに耽る事が増えたようだな、シグリッド」
「!」
声を掛けられて、はっと隣を振り向けば、丁度、腰を下ろしかけていたペレスの姿があり、シグリッドは、今の今まで気配に気づかなかった事に慌てて口を開いた。
「ぺ、ペレス団長!すみません、少し休憩をしていた所で…」
「ははは、弁解など必要ない。現騎士団への不信が募る中、ただでさえ神経をすり減らすというのに、その上で鍛練ばかりしていても息が詰まるだけだろう。たまには、職務以外の事にも目を向け、考えるべきだ。例えば、想い人の事など…」
「え…」
どこか己を見透かしているような、悪意の無い笑顔で言ったペレスに、シグリッドは困ったような笑みを浮かべて、照れ隠しに頭を掻いた。
「はあ…お見通しですか」
「フフ、最近、お前が何気なく向けた視線の先には、夫婦の姿ばかりがあるようだからな。アイリスさん…だったか?お前が見初めたご婦人は」
「はい」
「彼女との将来でも、考えていたのだろう」
ペレスの言う通り、この数日、シグリッドの視界には、騎士団の中でも結ばれた男女ばかりが無意識に映るようになっていた。
それのどれもが戦とは無縁の、他愛ない話しで微笑みあう姿で、彼は、そんな夫婦の様子に己を当て嵌めては、ぼんやり未来を想像していたのである。アイリスとならば、その想像は容易に出来た。
「初めてなんです、こんな風に結婚を意識した相手って」
これまで抱いた事のない感情が己の中に生まれているのだと、ふっと柔らかな笑みを浮かべて言ったシグリッドが再び夫婦に目を遣ると、その横顔を見て、ペレスは意外そうに目を瞬かせた。
「そうなのか?フローリカとは付き合いがそれなりにあっただろうに」
それを聞いたシグリッドは、元恋人と付き合っていた頃を振り返りながら、微苦笑を浮かべて答える。
「はあ…なんて言うか、フローリカとは互いに力を高め会える関係だったというか…。確かに一緒にいて居心地は良かったんです。でも、三年も毎日のように顔を合わせていて、俺は、その先を意識した事が無かった。アイツに女としての魅力がない訳ではないんですよ。俺には勿体ない程、美人で才能に溢れる女だった。ただ、俺は、フローリカを女性としてよりも、好敵手のような、そんな存在として見ている事の方が多かったのかもしれません」
「うむ、その気持ちは分からんでもないが…フローリカが聞けば、複雑に思うだろうな」
シグリッドとフローリカとは長い付き合いのペレス。二人の関係性を近くで見て来て、戦いにおいて彼らは、確かに団の中でも互いに研鑽できる間柄だと小さく頷いた。
シグリッドは、離れた地にいるアイリスの顔を思い浮かべながら続けた。
「殺伐とした環境下に慣れていた俺が、アイリスといると、武器を手放してもいいような、そんな温かい気持ちになるんです。俺にないものを、アイリスは持っている。俺に安らぎを与えてくれる。この先も、傍にいて欲しいと、そう願う女は、アイリスだけです」
迷いなくそう言い切ったシグリッドの表情は真剣そのものだった。
騎士としての職務を全うする事に人生を注いでいたと言っても過言ではない彼の口から、それ以外の事をこうもはっきりと聞いたのは初めてかもしれないと、ペレスはシグリッドを虜にしてしまった相手に興味を湧かせた。
「すっかり骨抜きにされたな、シグリッド。お前がそこまで想える女性に巡りあえたのだ、それを逃がす手はあるまい」
「はは…そうなんですよ。でも、暫く会えない日が続いているので、不安にさせてると思うんです。このままじゃ、離れていっちまうんじゃないかと、柄にもなく焦ってて…」
こうしている間にも、アイリスが心変わりをしたなら、どう言って引き留めるべきかと、自分でも驚く程に臆病な感情を抱いているシグリッドが、憂いた瞳で顔を逸らせば、ペレスはふっと優しい笑みを浮かべて続けた。
「シグリッド」
「はい?」
「どこかで、心は決まっているのではないか?」
「え?」
「今のノアトーン騎士団に未来はない。お前が理想とする騎士の誇りは最早失われているのだ。アルト様の御身の為に尽くしたいお前の気持ちは解っているが、お前は、お前の幸せを逃さぬよう努めるべきではないか?」
「ペレス団長…」
ペレスは、シグリッドが、これまで優先して来た騎士の職務よりも、一人の女性の為に己の身の振り方を考えていると察していた。
騎士を辞め、彼女と歩む未来をその脳裏に描いている。それゆえに、ぼんやりと物思いに耽る事が増えたのだろうと、確信に近い憶測を込め、彼の背中を押すように続けた。
「彼女を手放したら、お前は酷い後悔をするだろう。そうならない為にも、今の己と、今一度向き合ってみろ、シグリッド」
酷い後悔をする。そう言われ、自身も懸念していた事を改めて認識できたような気がしたシグリッドは、迷っているなどらしくないと、何か払拭するように首を振り、決意を固めて頷いた。
――――後日、久々の休暇で故郷に戻ったシグリッドは、港町リジンから東に数キロ馬を走らせた先の草原に、年に一度だけやってくる『キャラバン』の情報を得ると、これを使わない手はないと、アイリスを誘ってそこを訪れた。
隊商は、各々がテントを張り、珍品から嗜好品まで、この国では手に入らないような様々な商品を陳列している。
まるでリジンやノアトーン城下町の商店街のように、草原の真ん中に広がった市場は、多くの客でごった返していた。
「まあ…これがキャラバン?私、来たのは初めてだけど、いつもこんなに賑やかなの?人の多さに目が回りそう」
「はは、幾つかある隊商の中でも、この『ホークアイキャラバン』が一番規模が大きいからな、珍品目当ての客もそれなりさ」
そんな景色に目を瞬かせるばかりのアイリスを見て微笑むと、シグリッドは彼女の手をそっと取り口を開いた。
「おいで、アイリス。折角だから、商品を見て回ろう」
「うん!」
人混みにはぐれないようにと、しっかり握られた手。アイリスは嬉しそうに握り返すと、彼に引かれるまま露店を見て回った。
「見て、シグリッド!この置き物、可愛い!大きな木彫りの人形から、次々小さなものが出て来るの!」
「ああ、それはこの大陸では手に入らない異国の置き物だよ。確か、マトリョーシカって名前だったと思うけど、俺も工芸品には疎いから」
「へえ…まとりょーしか。可愛い…」
指先で撫でてみたり、掌に乗せて眺めてみたりと、アイリスが楽しげに笑みを溢す姿を見て、シグリッドは懐から財布を取り出した。
「気に入ったなら買ってやるよ」
「そ、そんな、悪いわ!自分で買うから!」
そういうつもりで見ていたのではないと、アイリスが慌てて己の財布を出そうとすると、彼女の手から工芸品を取ったシグリッドは、店主に購入する旨を告げて金貨を出した。
「たまには『贈《おく》らせてくれ。お前と付き合って、贈り物らしい贈り物なんかしてねぇしな」
店主と金銭のやり取りを終え、改めて工芸品を受け取ったシグリッドは、申し訳なさそうに眉を下げたアイリスにそれを差し出してやった。
「ほら」
彼の折角の厚意である。ここは素直に甘えようと受け取ったアイリスは、工芸品を大事そうに胸元に抱きしめて微笑んだ。
「ありがとう、シグ!これを貴方だと思って、毎日弄り倒しながら大事にするわ!」
「弄り倒しながら大事にするって言い方どうよ」
相変わらず自由な表現で想いを口にするアイリスに、シグリッドは、彼女らしいと、ふっと笑みを溢した。
その後、出掛けに祖母に頼まれていたショールや壷をアイリスと共に探して歩いたシグリッドは、今回の一番の目的である装飾品屋を見付けて彼女の手を引いた。
「アイリス、装飾品はどうだ?欲しいものがあれば、買ってやるから見てみろよ」
「え?」
全ては彼女に贈る、一生に一度の贈り物の為。シグリッドは何としても、アイリスの左手薬指のサイズを確かめなければならなかった。
店頭に並ぶ商品を見ながら、アイリスは困ったような笑みを浮かべて答える。
「私、装飾品はあまり身に付けないから…」
「普段はそうだろうけど、折角だし合わせてみな。ほら、この髪飾りなんかどうだ?」
ここでストレートに指輪など差し出しては不自然だろうと、シグリッドは、遠回しに他の装飾から手渡してみた。
その小さめのティアラを受け取りながら、アイリスは値札を確認しつつ眉を下げる。
「綺麗だけど、これは、ちょっと大袈裟かな。うーん…お値段も高いし…」
「他は?ブローチとかネックレスとか指輪なんかもあるぞ?」
アイリスが、あれもこれも、と手に取って眺めている中、シグリッドは然り気無く指輪を差し出して、彼女の左手薬指に嵌めさせた。
それがとても自然な流れで、まさか結婚指輪のサイズを測られているとも思わないアイリスは、彼に差し出される指輪を次々に嵌めては答えた。
「これは少し大きいみたい」
「んじゃ、これは?」
「んー…これは、小さくて入らないわ」
「だったら、これか」
「あら、これは、ぴったり!」
彼女の薬指にフィットしたのは、安物のシルバーリング。デザインも髑髏が象られた粗野なもので、アイリスには到底似合いそうにない代物だった。
彼女が左手を前に突き出して指輪を眺めると、シグリッドも同じようにそれを見て顎に手を添える。あまりに不似合いなもので、二人は互いに顔を見合わせて思わず吹き出してしまった。
「ぶ…これは、ちょっと形が奇抜過ぎたな」
「ふふ、そうね、なんだか、空に翳すと危ない閃光が降って来そうだわ」
「危ない閃光ね…ははは!確かに」
アイリスの例えが分からなくもないと、また噴き出して笑ったシグリッドだったが、形はどうであれ、これが彼女の指にフィットしたリングである、これを持ち帰って装飾品屋にサイズを確かめて貰い、ちゃんとしたものを作らせようと考えていた。
しかし、危ない閃光が降って来そうなこのリングを購入しようものなら、彼女にどう突っ込まれるか分からないと、シグリッドは隣の商店を指差して口を開いた。
「アイリス、隣にも装飾品がある、ちょっと見てみたらどうだ?俺は、ばあさんに頼まれたものをもう少し探して行くから」
「ええ、分かった、折角だし覗いてみるわ」
アイリスが先に隣の商店へ向かうと、シグリッドは人知れず胸を撫で下ろし、先程の奇抜なリングを、彼女に知られない内に購入できた。
どうにか目的を終えたシグリッドは、買った指輪を懐深くに仕舞い込み、アイリスの元へと歩み寄る。
そこで、彼女が何か、興味深そうに手に取って眺めている姿に気付いて僅かに首を傾けた。
「何か、気に入ったものでもあったのか?」
「うん、これ、素敵だなーと思って」
「ん?」
アイリスが指先に摘まんでシグリッドに見せたそれは、ガラス細工のクローバーが控え目に付いたヘアピンだった。
「シンプルなヘアピンだな。これなら、リジンでも売ってそうだけど」
「でも、このクローバーの装飾の色、凄く澄んだ緑よ?お日様に透かすと、きらきらして綺麗なの」
太陽の光に当てては笑みを浮かべて眺めるアイリスに、シグリッドはふっと笑うと、店主に銀貨を差し出した。
「店主、これ、買います」
「あ、シグリッド、これは私が…」
買って貰ってばかりではと、アイリスが眉を下げると、シグリッドはヘアピンを彼女の手から取って向き合った。
「いいから、ほら、着けてごらん」
彼女の前髪を少し掬ってヘアピンで止めてやる。僅かに頬を染めたアイリスが恥ずかしそうに目を泳がせると、シグリッドは彼女の頬に手を添えて微笑んだ。
「うん、よく似合ってる。アイリスの雰囲気にぴったりだ」
「本当?嬉しい、ありがとう、シグリッド」
はにかんだ笑みを浮かべて、シグリッドに付けて貰ったヘアピンに指先で触れるアイリス。シグリッドは、彼女と過ごす他愛のない時間が、これ程までに尊いものかと改めて感じ、その胸に秘めた決意を更に固めた。
――――それから約一ヶ月後の事。
職務を終えた後、ノアトーン城下町の装飾店に立ち寄っていたシグリッドは、小さな小箱を大事そうに懐へ仕舞い、店を出た所だった。
「シグリッド?」
行き交う人々の中で、聞き慣れた声に呼び止められたシグリッドは、反射的に声の方へと振り返った。そこには、元恋人の姿があり、彼は軽く手を上げて微笑んだ。
「よお、フローリカ」
聞けば、彼女も職務を終えた後、久しぶりに街へ買い物に来たのだという。
彼と付き合っていた頃は、二人でよく出かけたものだと、フローリカが懐かしそうに目を細めていると、ふと、彼女は、今しがた彼が出て来た後ろの店を見て、意外そうな表情を浮かべた。
「貴方が装飾店を出入りしているなんて、珍しいわね」
「ああ、一か月前に注文していたものが出来上がったから取りに来たんだよ」
「そう…彼女への贈り物?」
「まあ、そんなとこだ」
シグリッドが照れ臭そうに頭を掻けば、フローリカはどこか面白くなさそうに問い掛けた。
「ふーん…何をプレゼントする気?彼女に贈って恥ずかしくないものをちゃんと選んでいるかどうか、私が確認してあげるから、お見せなさいよ」
「はあ?いいよ、お前に見て貰わなくたって」
「私と付き合っている時だって、たった一度贈られたヘアピン、凄く子供っぽいもので驚いたんだから。貴方のセンス壊滅的なのよ?わかってる?だから、私がちゃんと品定めしてあげるって言ってるの」
「悪かったな、センスが壊滅的で」
過去の事を掘り下げられて、今度はシグリッドが面白くなさそうに呟くと、フローリカはどこか楽しげに微笑んだ。
どうせ、またからかうつもりだろうと、そんな彼女を半眼で見遣ったシグリッドは、このまま引き下がりそうにない彼女に、先程仕舞った小箱を出して見せた。
「至ってシンプルだから、センスもなにもないと思うけどな」
「ッ!」
フローリカは小箱を受け取りそっと開くと、そこに、小さなピンクダイヤが埋め込まれた、銀色のプラチナリングが光ったのを見て眉を潜めた。
「これ、ひょっとして…」
嫌な予感を覚えて、フローリカの心臓が煩く音を立て始める。そんな彼女の心境など知る由もなく、シグリッドは僅かに頬を染めて目を逸らすと、照れ隠しか顔を顰めて答えた。
「ああ、結婚指輪だよ。アイリスにプロポーズしようと思ってる」
「…」
フローリカは、その指輪を見詰めたまま静かに問い掛ける。
「いつ…お渡しするつもり?」
「ん?ああ、次の休暇か、その次か…タイミングを見て良い時にって思ってるんだが、こういうの、雰囲気って大事だろ?どう切り出すか迷ってんだよな」
腕を組んで真剣にプロポーズのタイミングを計るシグリッドの姿を見て、フローリカは僅か眉間に皺を寄せると、リングの入った小箱の蓋を閉めて、小さく呟くように言った。
「これを出されちゃうと、いよいよ私の入り込む隙がなくなってしまうじゃない…」
「え?なんだって?」
あまりに小さな声だったもので、よく聞き取れなかったシグリッドが問い返すと、フローリカは笑顔を取り繕って、小箱に少し力を込めた。
「いいえ、こっちの話し。別に慌てなくたって良いんじゃない?これまでだって、なかなか会えない貴方の事、待っていられた女性なんですもの。貴方のタイミングまで、きっと待っててくださるわ?」
「そうだと良いんだけどな…」
シグリッドと別れてからというもの、彼が心変わりする事をどこかで願っていたフローリカは、今はまだリングを彼女に届けて欲しくはないと、胸の中で願いつつ、その小箱を差し出した。
シグリッドは、やはり彼女の思いに気付く筈もなく、プロポーズの事を考えれば、困ったような笑みを浮かべて返された小箱を受け取る。
彼がそれを懐に仕舞い込むのを一瞥し、フローリカは俯いて口を開いた。
「ねえ、シグリッド」
「うん?なんだ?」
落とさないようにと慎重に懐深くに箱を仕舞えば、シグリッドはフローリカの言葉に耳を傾けた。
「これは、もしもの話しよ?もし、私が貴方に、もう一度やり直して欲しいって言ったら、貴方は…どう答える?」
「へ?」
突然、何を言い出したのかと、思わず素頓狂な声を上げたシグリッド。
己が結婚を考えているのを知り、面白がって、また冗談を言っているのだと思ったシグリッドだったが、俯いた彼女のその様子から、冗談で言っているのではなく、本気で問いかけているのだと察し、己も中途半端に答えられはしないと、真剣な眼差しで口を開いた。
「悪いけど、それは出来ない」
「…」
何となく答えは分かっていたと、フローリカは、どこか諦めきれないような険しい表情で顔を上げる。
真っ直ぐに見詰めてくるシグリッドの瞳に揺るぎがないのを見て、フローリカは唇を噛んだ。
「俺にとってアイリスは、もう他にない程大きな存在になってる。手放したくないんだ、アイツの事、アイツの全部を…」
離れていても、目を閉じれば瞼の裏にアイリスの微笑んだ姿を映す日々。シグリッドは、己の中に今まで覚えた事のない強い想いがある事を、何隠すでもなく晒した。
「アイリスを、どうしようもないくらい、愛してる」
これ程までにはっきりと言われたのでは、流石に意気消沈するしかないフローリカは、動揺を隠すので精一杯だった。
「なによ、少しくらい…迷いなさいよ…」
悔しげに拳を握ったフローリカの呟きは、またもシグリッドの耳には届いておらず…
「フローリカ?」
返答のない彼女に怪訝な顔をしたシグリッドが声をかけると、フローリカは気を取り直したように口を開いた。
「あーあ!もしもの話しに本気で答えるなんて、こっちが恥ずかしくなってしまうわ。本当、聞いた私が馬鹿だった」
「何だ、やっぱり冷やかしか?勘弁してくれよ、もう他の団員達の冷やかしだけでうんざりしてんだからさ」
「ふん…人の気も知らないで…馬鹿」
「何だよ、何怒ってんだ、お前」
「うるさいわね、別に怒ってないわよ」
そう言って踵を返したフローリカが去って行く姿を見て、シグリッドは困ったように頭を掻いた。
その後日、シグリッドはアイリスにプロポーズをし、二人は互いの強い想いを確かめあい、無事、結ばれるのであった。