秘密

1

 その日、私、水瀬さなは少し酔っていたと思う。

 前日、研究室でのゼミの担当で、ほとんど寝ていなかったのにも関わらず、飲み会に出たのは、担当が終わった開放感からと、メンバーが親友たちとその恋人たちだったからだ。
 高校からの女友達、輝夏、百合、日向、と男友達、大樹、京平、そして、百合の彼の稲葉さんと、日向の彼の高橋さん、大樹の彼女の川崎さん。
 輝夏、日向、京平、高橋さんは同じ大学だったが、それぞれ違う専攻だったため、こうしてみんなで集まって遅くまで話すのは久しぶりだった。
 18時から集まって、飲み始めたのだが、最初は少し、ブランクのようなものがあって、話がぽつぽつとしか出なかった。だが、1時間もすれば打ち解け、すっかり昔のように話が弾んだ。
 高橋さんは何度も会ったことが会ったし、稲葉さんと川崎さんも初めて会ったような気がしなかった。まあ、最近の電話の内容といったら、ほとんど恋人の話か進路の話なので、話にきいていたからというのもあるだろう。

 それにしても。
 大学3年ともなれば、高校のときとは大分変わったな、と私は少し寂しく思っていた。大学1、2年で、ある程度遊んで、そして、今は就職活動に忙しい。よく言えば、みんな大人になった。
 高校のとき、いったいどれほどの人間が自分が将来何の仕事に就くかあなんて考えていただろう。純粋に毎日が楽しく、きらきらしていた日々が少し懐かしい。
「さな? どうしたの? 黙っちゃって」
「え? あ、うううん。えっと、みんな大人になったよなと思って」
 輝夏の言葉に、思ったままを口にして、ちょっとしまったかな、と思った。
「あはは。何、急に。
でも、そうだねー、さなはあんまり変わらないよね」
 そう言った百合に私は咄嗟に言葉を返すことができなかった。それは、自分で感じていたことでもあったから。
「もう、百合! 
違うんだよ、さなは、すれてないままだって言ってるんだよ? いい意味でだよ?」
 日向が優しく言った。日向はおっとりしていて、誰に対しても優しくて、そして、容姿も可憐で、私の憧れだった。自分が男性だったら、きっと彼女に恋をしていただろう。
 そう、私にとって日向は、みんなの中でも特別だった。
「ごめんごめん、さな。うん。日向の言うとおりだよ。
でもそんなこといったら、日向も変わんないよね」
「というか、私は自分が変わったとか思わないけど?」
「そうか? 俺から見たら、みんな変わったと思うよ。女らしくなったっていうか。以前じゃ考えられなかったよな、化粧とか」
 京平が意見を漏らす。
 そんなものなのかな、と私は思った。みんな自覚はないんだ。
 なんだ、一緒だ。ちょっと安堵している自分がいた。
「まあ、そうね。高校のときは日焼け止めも塗らずに、夏なんか真っ黒になってたからね~」
 輝夏が笑った。
「今も焼けてるって!」
 大樹がつっこむと、
「何よ、テニスしてると焼けるのよ」
 と輝夏が返した。
 化粧、か……。私は三人と比べるとほんのりとしか化粧はしていない。
 単にゼミが忙しくて、それどころではない、というのが理由だ。お化粧の仕方を研究するより、学科の研究が優先だからだ。
 そう、ゼミが忙しくて、就職活動もみんなより進んでなかった。
 私が劣等感を覚えるのはそういうところもあるのかもしれなかった。
 いや、そうじゃないか。
 劣等感。
 昔から私から消えないもの。
 私は自分に自信がなかった。
 だから惹かれたんだ……。
 大学生になっても忘れられない彼の顔がまた脳裏にちらつく。
「……」
 日向が心配そうに私を見ていた。
 大丈夫、と目で返す。
 日向の目がふっと笑む。優しさに満ちた瞳。
 大好きな日向の瞳。
 昔から変わらない。そう思うとなんだか心が温かくなった。
 ありがとう。
 日向のおかげで、私はそのあと、普通に会話に戻ることができた。

 高校生のときとは違う私たちだけれど、でも、こうやって集まって話が出来ることを大切にしよう。今日感じたような「違い」はこれから大きくなっていくのかもしれない。それでも、これからもこうやって集まって、話をしよう。
 

「じゃあ、今日はこれでおひらきってことで」
 大樹がお店の前でいい、それぞれ帰路につくことになった。
「私たちこっちだから……。京平、さなを駅まで送ってあげてよ。
心配だから、さな。尚樹もそうしてあげて」
「え!? 高橋さんは日向を送ってください!」
 日向の言葉に私は驚き、言った。
「いいの、私たちこっちだし…尚樹、頼んだよ」
「わかった。じゃあ行こうか」
 高橋さんがそう言って、私たち三人は歩き出した。
「さなはぼんやりしてて、キャッチセールスとかに捕まってるからな。道もよく尋ねられるけど、少しは警戒心をもたなきゃ危ない目に合うよ?」
 京平の言葉に高橋さんがそうなんだ、と笑う。
「そうそう。ふらふらしてるからいつも誰かが面倒見てたよな」
 京平が笑う。私はちょっとむくれて、
「大学に入ってからは少しは一人でもなんとかやってるもの」
と言った。
「ほんとか~?」
 京平が茶化す。
「ふふ、君達は本当に仲がいいんだね」
 高橋さんの言葉に私と京平は顔を見合わせた。
「あ、いや、君達二人じゃなくて、みんな」
 高橋さんの言葉に、京平は少し複雑そうな顔をして、
「まあね」
と答えた。
「俺とさなは中学からのつきあい。塾が一緒で」
「へえ、長い付き合いなんだね」
「輝夏と三人。今は恋人いないトリオだけど高校のときは逆だった。俺達とあ、日向にも彼がいたな」
「そうなんだ。さなさんはちょっと以外、かな」
 高橋さんが私を見て言った。
「まあ、そうだな。正直付き合いだしたときは俺達も少し驚いた」
 私は無言だった。触れられて嬉しくはない話題だったから。
 先ほど脳裏にちらついた顔がまたちらつく。 
 私の片想いだった。一年思い続けて告白した。彼はそれを受け入れた。でも、彼が私を好きだったからかというと……。
「さな? 酔ったのか?」
「うーん、そうだね、少し酔ってるのかもしれない」
「大丈夫か? 危ないなあ。俺、こっちだけど、駅まで送ろうか?」
 京平が心配そうに私を見ていた。
「いいよ。もう子供じゃないんだから。高橋さんもいるし……」
「そうか?じゃあくれぐれも、高橋さん、さなを頼むな」
「了解」
 京平がいなくなり、私と高橋さんは二人でしばらく無言で歩いていた。
 沈黙は嫌いだ。嫌でも思い出す。
「高橋さんはお酒は強いほうなんですか?」
 耐えられずに私は口を開いた。
「いや、そんなには」
「じゃあ私と同じですね。好きは好きなんですけど」
「僕もだよ。日向は見かけと違って強いから、いつも酔うのは僕のほう」
 高橋さんは日向の名を口にして微笑んだ。
 日向は愛されている。
 何度か二人でいるところを見たことがあるが、お互いを見つめる目はどこまでも優しく、そして甘い熱を帯びているのを知っている。
 私は彼にあんな目を向けられたことがあっただろうか。
「さなさん? あ、雨かな」
 高橋さんの言葉に私は我に帰り空を見上げた。確かに雨粒が落ちて来ていた。
「もうすぐ家だから傘を貸すよ。駅からもまだあるんでしょ?」
 私は迷ったが、
「じゃあお借りします」
と返事をした。
 
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