長嶺さん、大丈夫ですか?
「こんなきれいなお顔で言い寄られたら、落ちない女性なんていないんれすから! らめなんれす!」

 前のめりになる私に合わせて長嶺さんが少し体を後ろに引いた。

「うん、そっか。気をつける。 すいませーん店員さーん」

 長嶺さんが手をあげて遠くにいる店員さんにアイコンタクトする。 東さんはなぜかお腹を抱えて笑っている。

「もう! ちゃんと聞いれくらさい! なんなんれすか! 営業がうますぎ! 気遣いが細やか丁寧、クロージングも嫌味なくてスムーズだしぃ……今日行ったとこの社長さんなんか骨抜きらったじゃないれすかぁ」

「うん……うん、ありがとう。 あっ、すいません、お冷お願いします」

「ちょっと!聞いてるんですか長嶺さん!」

 店員さんに声をかける長嶺さんのシャツの裾を引っ張って、もう一度こちらに向かせる。

「はい、聞いてます聞いてます」

 長嶺さんがそう言いながら私のグラスをさりげなく遠ざけるのを、私は気が付かずに続ける。

「それに、それに、いつも余裕そうなの、なんなんれすか? お客さんにどんなに酷いこと言われても、全然顔に出さないれ、私のミスも怒らないれ、もぉ、ほんとうに、ムカつくぅ……」

 だんだん力が抜けてきて、私はポスッと長嶺さんの肩におでこをのせた。

 ……長嶺さんの香水の匂いがする。 甘いけど、しつこくなくていい匂い。

 長嶺さんの添い寝ガールズは、いつもこの匂いを嗅いでいるのだろうか。 はー、ムカつくなぁ。

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