長嶺さん、大丈夫ですか?
 言葉の意味が分からなくて太一さんの顔を見たとき、間髪入れずに手を引っ張られた。


「だめだっつってんだろ」


 そう言って私を背中側に引き入れる長嶺さんの背中が、心なしか殺気だって見える。
 長嶺さん越しの太一さんはきょとんとした顔をニヤッとやらしい笑みに変えた。

「あれー?珍しいね。光くんがそんな焦った顔するなんて」

「っ……、」

 長嶺さんはドン!と太一さんの顔横の壁に手をついた。
 ただならぬ空気に、私は心臓を凍らせる。
 長嶺さんは、「きゃー壁ドンだー」とニヤニヤを崩さない太一さんに向かって声を放った。

「……これ、さっきいた店のクーポン」

 見ると、長嶺さんの手と壁の間に『10%OFF』と書かれた紙が挟まっている。

「よかったら女の子口説く時に使って?」

 そう言って太一さんのシャツポケットにそれを入れると、

「またね、太一くん」

 口調はいつものふざけた長嶺さんだけど、やっぱりどこか殺気だった声で言う。

「うん、またね~光くん」

 まったく動じない太一さんは、やっぱりニヤニヤ笑っている。
 そして長嶺さんは私の手を引っ張って、店の出口方面へと歩き出した。



「理子」

 呼ばれて振り返ると、太一さんが穏やかな笑顔でひらひらと手を振っていた。

「またね」

 また会うことがあるのだろうか、と疑問に思いながら会釈すると、長嶺さんが手を引っ張った。
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