長嶺さん、大丈夫ですか?
 ようやく放られた甘い掠れ声。

 上げられた口角が逆に怖くて私は絶句した。

 闇の魔族のボス。



「ねえ」


 伺うように顔を覗き込ませてくる長嶺さんから逃げるように俯くと、ため息とともにさっきより柔らかくなった声が降ってくる。


「俺のこと好きとか、処女貰ってくださいとか。 言ってませんでした?」

「……」

 
 私はギュッと口を横に結んで、自分の地味なパンプスを一生懸命睨む。


「俺の世界知りたいって言ったのも、手繋いで家までついてきたのも……あれ全部、一時の気の迷いだったってこと?」

「……」

「ねえ」

「……」


 何も返そうとしない私に、長嶺さんがおでこをコツンとぶつけるので、思わずビクッと肩を跳ねさせた。


「……朝、目が覚めたとき隣に花樫さんがいて……すげぇ幸せだなって思ったんだよ、俺」

「……!」


 予想外のセリフに、心臓が大袈裟に跳ねた。


「それなのにあんな逃げ方されたら、さすがにショックだよ。 嫌なら嫌って、言えよ。 なんでいつも言わなくていいことまではっきり言うくせに、肝心なときはなにも言わないんだよ……ムカつく」


 言葉は強気でも、


「なんか言え」


 そんな苦しそうな声で言われたらどうしたって胸が痛くなる。
< 142 / 284 >

この作品をシェア

pagetop