長嶺さん、大丈夫ですか?

私のせい。


 ――そして、静かな年末年始が明けた。
 


 研修期間を終えた私は自立して、長嶺さんは隣の席じゃなくなっていた。
 長嶺さんは年始に有休をつけて他の人より遅い仕事始めとなった日、廊下で出くわした私に「あけおめ」と、いつもどおりの笑顔で言った。
 私は目を逸らして会釈するので精一杯だった。

 春が近づくにつれ、営業部稼ぎ頭の長嶺さんがどこに異動になるのか、噂があちこちで飛び回るようになった。


「島根支店がいま傾いてるから即戦力欲しがってるって噂だぞ」
「長嶺は出世枠だろ。大阪か札幌とか栄えてるとこに持ってかれるんじゃないか」
「いや、今度バンコクに新しく支店置くだろ。立ち上げのプロジェクトリーダー枠とか……」


 一方の私は、朝も昼も夜もずっと、隙間なく仕事のことばかり考えていた。
 東京からバンコクまでの移動距離はどれくらいだろうなんて考える余裕もなくなるように、ひたすら、ひたすら――……。
 




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